ハイクノミカタ

草も木も人も吹かれてゐて涼し 日下野由季【季語=涼し(夏)】


草も木も人も吹かれてゐて涼し

日下野由季


心地いい夏の風が止まない「そこ」にあるのは、「草」と「木」と「人」だけ。

句のなかに「人」が入っているところがポイントで、もし「草木が風に吹かれている」だけならば、あたりまえのことにすぎない。いいかえれば、ここでの「人」はまるで「草木のようだ」という比喩の操作が、隠されている。

そうすると、ここでの「人」は人間世界での「いざこざ」や「ごたごた」など、すっかり忘れてしまっているようにも思えてきて、いっそう「涼し」く感じられる。そう、人間の世界は面倒なことに、時として「べたべた」していたり、「ずるずる」だったりする。

裏読みすれば、きっと作者像はけっして楽観的な人物ではなく、むしろ悩みを抱え込んでしまうタイプ。悩みやすい性格のすべての読者にとっても、清涼剤のような一句となっている。

草原のようなところに、ただただ気持ちの良い風が吹き抜けてゆく。風に身を預けて、余計なことを考えずにすむ。日々の忙しい生活を送っていると、ついつい忘れてしまうような感覚だ。ユートピア的とさえいえるかもしれない。

『馥郁』(2018)所収。

(堀切克洋)



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 手繰るてふ言葉も旨し走り蕎麦 益岡茱萸【季語=走り蕎麦(秋)】
  2. 又の名のゆうれい草と遊びけり 後藤夜半【季語=ゆうれい草(夏)】…
  3. 後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ【秋の季語=萩(冬)】
  4. 叱られて目をつぶる猫春隣 久保田万太郎【季語=春隣(冬)】
  5. みかんむくとき人の手のよく動く 若杉朋哉【季語=蜜柑(冬)】
  6. 仰向けに冬川流れ無一文 成田千空【季語=冬川(冬)】
  7. 日蝕の鴉落ちこむ新樹かな 石田雨圃子【季語=新樹(夏)】
  8. 魚のかげ魚にそひゆく秋ざくら 山越文夫【季語=コスモス(秋)】

おすすめ記事

  1. 【連載】歳時記のトリセツ(6)/岡田由季さん
  2. 【冬の季語】咳
  3. 菜の花やはつとあかるき町はつれ 正岡子規【季語=菜の花(春)】
  4. 【秋の季語】秋桜
  5. 【秋の季語】紫式部の実/式部の実 実紫 子式部
  6. 【春の季語】巣箱
  7. ともかくもくはへし煙草懐手 木下夕爾【季語=懐手(冬)】
  8. 順番に死ぬわけでなし春二番 山崎聰【季語=春二番(春)】
  9. 【冬の季語】大寒
  10. 共にゐてさみしき獣初しぐれ 中町とおと【季語=初時雨(冬)】

Pickup記事

  1. 吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子【季語=春の野(春)】
  2. 神保町に銀漢亭があったころ【第76回】種谷良二
  3. 【春の季語】涅槃絵図
  4. 恋さめた猫よ物書くまで墨すり溜めし 河東碧梧桐【季語=恋猫(春)】
  5. 蜃気楼博士ばかりが現れし 阪西敦子【季語=蜃気楼(春)】
  6. 男色や鏡の中は鱶の海 男波弘志【季語=鱶(冬)】
  7. 春の雁うすうす果てし旅の恋 小林康治【季語=春の雁(春)】
  8. あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
  9. 秋の風互に人を怖れけり 永田青嵐【季語=秋の風(秋)】
  10. 土器に浸みゆく神酒や初詣 高浜年尾【季語=初詣(新年)】
PAGE TOP