神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第75回】近江文代

銀漢亭それは

近江文代(「野火」「猫街」同人)

銀漢亭は沼である。入店した時は確か18時頃だったはずなのに、ずぶずぶと嵌り、気が付けば23時過ぎ。店内にはムード歌謡が流れている。店主の伊那男先生がかけるムード歌謡のCDは銀漢亭式「蛍の光」、つまり閉店の合図であった。

(七夕間近の銀漢亭。入り口すぐの席は隅っこで落ち着く。)

私が行く日がたまたまそうだったのか、それとも類は友を呼ぶのか、脳裏に浮かぶのは俳句の話など出てこない、酒豪で愉快な俳人達の姿ばかりだ。こうして書いていると常連のようだが、決してそうではない。どちらかと言えば人付き合いは苦手で、ガラス越しに知り合いが見えていても、扉を開ける時はいつも緊張した。

(人付き合いが苦手と言うわりには楽しそうな私!(Photo-by-西村厚子さん))

銀漢亭の思い出と言えば、結社の同人になったばかりの頃だから7年前くらいだろうか、西村麒麟さんから、「磐井さんと銀漢亭で能村登四郎の勉強会をするので、来ませんか?うさぎさんも来ますよ。」とお誘いを受けた。能村登四郎の気になる句を選んで持って来てくださいとのことだったので、<子にみやげなき秋の夜の肩ぐるま>など、いかにも初学者らしいものをいくつか選んで参加したのを覚えている。

銀漢亭の奥にテーブル席があり、そこで勉強会が始まった。私など場違いではないかと心配していたが、優しく迎えてくださりほっとした。そこへ、カウンターで飲んでいた俳人がコップ片手にやって来た。かなり出来上がっているようだった。暫くしたらカウンターに戻るのかなと思っていたが、結局そのまま座っていたので、勉強会は中止となった。あの日のことを思い出しては、残念でもあり、可笑しくもあり、時々ネタにして笑っていた。

その時の資料は大事に保管していたはずなのだが、いくら探しても出てこなかった。銀漢亭沼に沈んでしまったのかも知れない。

(Oh!句会でいただきました。)
(嵌ってしまえば楽しい銀漢亭沼。写真左から西村厚子さん阪西敦子さん近恵さん、私)


【執筆者プロフィール】
近江文代(おうみ・ふみよ)
1967年生。「野火」「猫街」同人。元「船団」会員。現代俳句協会会員。



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