笠原小百合の「競馬的名句アルバム」【第12回】2003年 府中牝馬ステークス レディパステル&ローズバド

【第12回】
或る運命
(2003年 府中牝馬ステークス レディパステル&ローズバド)

府中牝馬ステークス。
「一番好きなレースは?」と聞かれる度にこのレース名が頭に浮かぶ。
有馬記念、日本ダービー、その他の錚々たるGⅠレースよりも、GⅡのこの牝馬限定戦を私はこよなく愛している。

2003年10月。某資格の試験会場に私は居た。
午前の試験内容には全く手応えがなかった。会場で味気ない昼食をとりながら、気がかりだった「あること」が私の心を支配し始めていた。
午後の試験が始まると解答欄を適当に埋めて途中退席。
その足で向かったのは東京競馬場のパドックだった。

その日は府中牝馬ステークスの開催日で、当時のレースの格付けはまだGⅢだった。それでも私が到着した時にはすでに多くの人がパドックに集まり、出走馬たちの登場を待ち構えていた。
乱れる息を落ち着けながら足早にその中へと加わり、パドックに張り付く。
200万画素のコンデジを手に、静かにその時を待つ。
そして、待ちに待った本日の主役たちの登場である。

(写真上から、オースミコスモ、レディパステル、ショコット、ローズバド)

夢中でシャッターを切る。
どの馬もみな重賞という晴れ舞台のパドックを誇らしく歩いているように見えた。
お洒落に鬣を編み込んでいる馬もおり、厩務員をはじめとした陣営の馬への愛情が伝わってくる。
特にレディパステル、ローズバドの2頭が目の前を通る時、自然とシャッターを切る回数が多くなった。
2年前、1着レディパステル2着ローズバドの2001年オークスが忘れられず、ずっとコンビのように思いながら応援してきた2頭。
彼女たちが一緒に走ることが嬉しく、資格試験どころではなかったのだ。

「どうせ受からない試験を嫌々最後まで受けるより、心から会いたいと思う子に今すぐ会いに行くべきだ。」

昔から思い立ったら割とすぐに行動するタイプで、それで苦労もしたが、後悔をすることは殆どなかった。今回のこの府中牝馬ステークスのパドックも、大切な思い出として今でも私の心の支えになってくれている。

府中牝馬ステークスは牝馬限定戦。つまり、女同士の戦いである。
女子校へ進学し落ちぶれた私には、何か思うところがあったのだろう。
女子校には馴染めなかったが、嫌いなわけではない。むしろ、眩しい。
そんな私の複雑な想いも勝手に背負わされてしまうのだから、競走馬とは何とも難儀な存在である。

この時の府中牝馬ステークスはオークスと同じく、1着レディパステル、2着ローズバドで決着した。応援していた2頭のワンツーフィニッシュに、雷撃にあったように感動したのを覚えている。

秋風やとある女の或る運命  高浜虚子

時は流れ、2024年の今。
2着のローズバドは産駒を残し、血を繋ぎ、孫のスタニングローズが活躍。(連載第10回参照)
現在は繁殖を引退し、リードホースとして仔馬たちの面倒を見るという役割を果たしている。
一方のレディパステルは、現役引退後にヨーロッパで繁殖牝馬として繋養された後、日本へ帰国。
しかし、2019年の用途変更以降は行方がわからなくなっているという。

運命は誰にもわからない。

私も一時は落ちぶれたものだが、今はこうして俳句と出会えた。
そう考えると人間は自分で人生をどうにか出来る場合もあるが、馬の場合はそうはいかない。
それは、私が引退競走馬支援の活動を続ける理由の一つでもある。

(レディパステル引退式の様子)

ちなみに、府中牝馬ステークスの現在の正式名称は「アイルランドトロフィー府中牝馬ステークス」であるが、来年からは「アイルランドトロフィー」というレース名に変更になる予定だ。

府中牝馬ステークスの名前はマーメイドステークスを改称して残ることになっているが、開催時期も変わってしまうため、私の愛する府中牝馬ステークスは今年をもって終了となるような気持ちでいる。

どうやら競馬のレース自体にも運命というものはあるらしい。
今年はごく個人的な思い出と共に府中牝馬ステークスを観戦したい。


【執筆者プロフィール】
笠原小百合(かさはら・さゆり)
1984年生まれ、栃木県出身。埼玉県在住。「田」俳句会所属。俳人協会会員。オグリキャップ以来の競馬ファン。引退馬支援活動にも参加する馬好き。ブログ「俳句とみる夢」を運営中。


【笠原小百合の「競馬的名句アルバム」バックナンバー】

【第1回】春泥を突き抜けた黄金の船(2012年皐月賞・ゴールドシップ)
【第2回】馬が馬でなくなるとき(1993年七夕賞・ツインターボ)
【第3回】薔薇の蕾のひらくとき(2010年神戸新聞杯・ローズキングダム)
【第4回】女王の愛した競馬(2010年/2011年エリザベス女王杯・スノーフェアリー)
【第5回】愛された暴君(2013年有馬記念・オルフェーヴル)
【第6回】母の名を継ぐ者(2018年フェブラリーステークス・ノンコノユメ)
【第7回】虹はまだ消えず(2018年 天皇賞(春)・レインボーライン)
【第8回】パドック派の戯言(2003年 天皇賞・秋 シンボリクリスエス)
【第9回】旅路の果て(2006年 朝日杯フューチュリティステークス ドリームジャーニー)
【第10回】母をたずねて(2022年 紫苑ステークス スタニングローズ)
【第11回】馬の名を呼んで(1994年 スプリンターズステークス サクラバクシンオー)


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