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浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか【季語=酉の市(冬)】


浅草をはづれはづれず酉の市

松岡ひでたか


今年の酉の市は、11月の2日、14日、26日、今週末は二の酉と三の酉の間の三連休。

そう、酉の市は曜日とは関わりがない。平日であろうが、コロナの感染者が増えようが、酉の日にやってくる。

みなさんはどこでこれを読んでおられるのだろうか、私が住む東京での1日当たり感染者数が500名ほどとなった今週、東京との警戒レベルは最高に引き上げられた。それでも、金曜です。

ただでさえ、人の多い浅草界隈に酉の市が立つ日は1年にその日しか来ない人もやってくる。「三の酉まである年は火事が多い」という言い伝えの根拠は諸説あるようだけれど、あれだけの人がひとところに集い、それも商売をする人たちがあれだけ店を留守にすることがあれば、何かうかつなことがあって火事が起こることも、回数が増えればその度合いが高まることも、なんとなくさもありなんというところ。

その賑わいも今年はおとなしい。といっても、行った人からの伝聞であったり、報告の句から知ったりしたこと、今年は浅草を訪ねていない。本当に必要としている人にその座を譲るといえば、美しいことだけれど、寒がりの私にとって、酉の市は妖しいけれども、そんなに快適なところではないというのもある。

しかも、人が少なければ、その寒さはどうしてもいや増してしまう。

人だかりする例年の酉の市は、寒くても狭くても暗くても、晴れ晴れとした世界だ。どこの世界にも詳しい人というものはいるもので、なにも考えずその人に委ねさえすれば満足にたどり着く安心感が、ハレた気分を後押ししてくれる。

浅草の側から人ごみに沿って導かれると、あたかも浅草の中にいるようだけれど、実は鳳神社は浅草のはずれ。何かの拍子にそれを感じ、また浅草の方に連れ戻される。

「はづれ」「はづれず」。「戻る」ではなく「はずれず」であるところに、浅草の求心性がにじむ。同じ動詞の肯定と否定のリフレインは、果てしなく繰り返す人の動作をも思わせる。

お詣りして、熊手を物色して、買って戻ってくるだけのことなのだけれど、その間の順番待ちや、つまみ食いや、ひやかしや、腹ごなしも含めての酉の市だ。そんな境界の行ったり来たり、今年はますます難しいけれど、せめても地図を広げて、この句の経路や往来を味わいたい。

この句の舞台、1987年の人だかりは、いかに。来年の酉の市は、またいかに。

『盤石』所収 (1993年、松岡ひでたか・著)

阪西敦子


【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。


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