手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚 阿部優子【季語=昼寝(夏)】

手のひらにまだ海匂ふ昼寝

阿部優子

今年の七夕は令和7年7月7日の7並び。平成以来30年ぶりだ。記念切手や記念切符を求めた人も多いだろう。この日の0:00を待って入籍した人たちがニュースになっていた。

 私はこの日第22回俳句四季の七夕まつりに参加。会場を間違えたことがあったので早めに行ったが、そもそもの時間を間違えていて1時間ほど早く着き、走らずにすんだ。

 俳句四季各賞の贈呈式では西井社長が表彰状の日付を省略せず毎回読み上げていた。日付を読み上げるだけでこんなに盛り上がり、楽しくなるとは!日頃五七五のことばかり考えている我々にしてみれば一桁の数字に敏感になることはさほど不思議ではなく、なかでも七に特別な感覚を覚えるのはラッキーセブンゆえばかりではないだろう。このまつりが毎年七夕に開催されるのも頷ける。

 普段会えない人に会えるこういうイベントの時には見境なく挨拶するに限る。そういう心づもりでいても声をかけられずじまいの人がいて、また行かなくてはという気持ちにさせられた。人気者には声をかける隙がない。でも、あの人に今度会ったらあのことを言おう、と考える時間も嫌いではない。何より、久々にお会いできた人たちとの会話が楽しかった。

 掲句の作者ともご挨拶だけはできた。本当に挨拶を交わしただけなのだけれど、またご縁があることを願う。

手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚

 海近い宿で海水浴の後の昼寝から覚めた。目でもこすったのだろうか。ふとした拍子に手のひらが顔の近くにきたら海の匂いを感じたのだ。海水浴直後に匂うならともかく、昼寝から覚めてもまだ残っている匂い。海辺に遊ぶ楽しみがよみがえってくるのを感じる。

 香りは嗅覚を刺激し、匂いは心を刺激する。というのは個人的見解。香水は嗅覚に直接働きかけてくるが、匂い立つような美人は嗅覚へのアピールが必須ではない。その道理でいくと、手のひらにまだ匂っている海は必ずしも潮の香でなくても良い。浅瀬で砂を掴んだ感覚や波が手のひらをすり抜けている感触もそこには含まれていよう。昼寝をすると一度記憶がリセットされるが、そこから覚めても残っている感覚はなかなかに強いもののはずだ。

 阿部さんは「俳句四季」全国俳句大会への応募当時無所属だったが、その後「群青」に入られた。贈呈式でその晴れ姿を撮影する櫂未知子さんの背中が溌溂としていてこちらまで幸せな気分になった。

 第25回俳句四季全国大会 優秀賞受賞作。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
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>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助【吉田林檎のバックナンバー】
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