
直に直に 曲るを知らぬ彼岸花
伊丹三樹彦
「当為 第26句集」伊丹三樹彦(沖積舎・2016年刊)より。
あとがきで三樹彦はこう書いている。
『私の心得は、「俳句は垂直の抒情詩である」であり、「超季以て 俳句は世界の最短詩」と考えている。』
「垂直」というのがとても面白い。俳句はなるほど、まずかたちが垂直だ。そんなふうにあらためて言われたことはないけれど。
かたちもそうだし、佇まいもそう。まっすぐな抒情詩、俳句ってそう、としみじみおどろく。
彼岸花もまた、かたちも佇まいもまっすぐな花だ。直に直に 曲るを知らぬ、について共感できる。
三樹彦の言葉を受け取った上で読むと、この句はもしかして、俳句そのもののことも言っているのではないか、と思う。
俳句に触れていくと、自分が暮らす場所にある俳句について知ることがある。知ると、ちょっとうれしい。
私は兵庫県伊丹市に生まれて暮らしてきた。
伊丹にゆかりのある俳人について知ると、その連なりの中で俳句をやれているような気持ちになる。
初学の頃、句会で出会った人に伊丹三樹彦との句会の話を聞くことがあった。
私も三樹彦さんに会いたい、と思ったが、その方にこの句集をいただき、故人であることを教えてもらう。
「当為」は三樹彦が96歳の時に刊行された。
この句集は、三樹彦の妻、伊丹公子の逝去について書いた第一章から始まる。
公子への悼句一連 スープ冷えた 伊丹三樹彦
公子が亡くなったのは12月15日。この章では公子の死から通夜、葬式、句を纏めて句集稿に纏めるところまでを
スピーディに生々しく書いている。この句ではスープさえも冷えた、まだまだ冬の日々だったことが思われる。
第七章では、ノロウイルスに罹り次女の住む伊丹市の家にて過ごし、病床に臥した二日間で百句作った内の一部が掲載されている。
この章の題は「超季」と付けられ、季語が入らず、かつ個人的事情を思わせる句が並んでいる。
昆陽池の広がり 予後の朝歩き 伊丹三樹彦
この句は快方に向かったころのことだろうか。それとも、快方を願ってのことだろうか。いずれにしても、この「予後」の明るさよ。
昆陽池は伊丹にあり、池の周りは穏やかな公園になっている。この周辺に住む、あらゆる年齢の人々が気軽に歩いたり走ったりしている、心地のよい場所である。この「広がり」の雰囲気に共感できることが、ちょっとうれしい。
(内橋可奈子)
【執筆者プロフィール】
内橋 可奈子(うちはし・かなこ)
1983年生まれ。兵庫県在住。「伊丹市俳句協会」会員。「窓の会」常連。