
入学の吾子人前に押し出だす
石川桂郎
入学シーズンになると真っ先に思い浮かべる句。「押し出だす」とは肩や背を強く前に押すこと。入学式の会場となる体育館の入口で、「ここからは一人で行っておいで」と、引率の教師の前へ子どもを押したのだろうか。句集『含羞』に収められた昭和23年の作品であり、時代背景を考えると、まだ幼い我が子の様子に不安を感じながらも、学校という社会の中で強く逞しく成長する一歩を促す親心と読めるだろう。
しかし、昨今ではこのようなタイプの親はもはや珍しいのではないだろうか。現代の学校を取り巻くデータの一つとして、小中学校における全国の不登校児童生徒数を挙げたい。令和5年度に約34.6万人で前年より16%増加したが、令和6年度においても減少することなく、約35.3万人である。数の増加の原因の一つとして挙げられているのが、子どもの発達の特性や心理面の不調などに関する研究や理解が進み、親や教師が以前ほど学校に「何がなんでも通う」ことを強いないようになったこともあるという。
不登校児童生徒数が増加した背景として、児童生徒の休養の必要性を明示した「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」の趣旨の浸透や、コロナ禍以降の保護者や児童生徒の登校に対する意識の変化、特別な配慮を必要とする児童生徒に対する早期からの適切な指導・必要な支援や、生活リズムの不調等を抱える児童生徒に対する指導・支援に係る課題があったこと等が考えられる。
―令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果概要 (令和8年1月16日更新)https://www.mext.go.jp/content/20260305-mxt_jidou02-100002753_3.pdf-
上記の調査結果で言及されている「特別な配慮を必要とする児童生徒」と、いうのはいわゆる発達障害の子どもたちを指すのだが、早期からの適切な指導・支援とあるように、今は就学前の幼稚園や保育園で指摘され、支援センターへ親子で相談に行くことを勧められるのは珍しいことではない。ただ、幼少期は発達の個人差が大きいため、はっきりと何らかの診断をつけられないことも多く、「グレーゾーン」として様子を見ながら幼稚園や保育園での日々を過ごしているケースも多い。
そのような場合、親にとっても小学校入学は人一倍緊張を伴うものだろう。決められた時間は机の前に座り、個別ではなく全体に向けて発信される教師の話を理解した上で課題をこなしたり、持ち物の管理や身支度まで自分で行うことが求められたりする小学校は、我が子にとってハードルが高いと感じる親の抱く不安や孤独感は想像に難くない。
学校の環境は、それになじめない子どもを一定数生んでいるのが現状ではあるが、逆に考えれば周囲の接し方や配慮次第では、子どもが困難を感じる=「困ってしまう場面」を軽減することは可能だろう。例えば、教師からの指示は、できる限り具体的で先の見通しが立つように伝え方を工夫することや、各クラス・各学年それぞれに副担任制を設けて、学校生活の中で戸惑っている子どもに対応すること、何よりも周囲の子どもたちに、誰にでも苦手なことはあり、どうしても難しい時は手助けを求めることは決して特別なことではないと、常々伝えていくことだ。
親が人前に出ることを「押し出だす」ように強要しなくても、子どもが自然と出ていきたくなるような、自己への信頼と自信を育める学校環境となることを強く望みたい。
(渡部有紀子)
【執筆者プロフィール】
渡部有紀子(わたべ・ゆきこ)
「天為」同人。第37回俳壇賞、第9回俳人協会新鋭評論賞。第1句集『山羊の乳』(第1回初花賞)。俳人協会会員。藤沢市俳句協会会員。