花衣ぬぐやまつはる紐いろ〳〵 杉田久女【季語=花衣(春)】

花衣ぬぐやまつはる紐いろ〳〵

杉田久女

 今回で連載200回目となるのだとか。1年52週だからもうすぐ4年目になるということだ。基本的に同じ俳人を2回とりあげることはないので200人近くの人の俳句を紹介してきたことになる。1人だけうっかりダブってしまったのだけれど…見つけた方には何か良いものさしあげます。
 毎週とはいわずとも、1度で良いからお読みいただいたすべての皆様に感謝申し上げます。
 
  花衣ぬぐやまつはる紐いろ〳〵

 日頃は横書きをネットだからと割り切っているが、この句ばかりは踊り字(繰り返しの記号。この句では「くの字点」)を縦書きで味わいたい。ほどいた紐がするすると落ちていく様子を示していてカリグラムのような効果を発揮しているからだ。
 「花衣ぬぐやまつはる」までは画数の少ない漢字とひらがなで余白が多く明るさがある。その後紐の一字がぎゅっと全体を引き締め、ひらがなへと開き、踊り字はもはやほどかれた紐そのものだ。
 掲句はエロティシズムで語られることが多いが、何度も目にし、愛誦しているこの句に「ぬぐ」という言葉が入っていることに今回改めて意識が向いた。そのくらい「ぬぐ」という言葉に比重がかかっていない。それだけに、言いたかったことの中心である可能性も高い。
 縛られているものからの解放という読みも手堅い。紐をほどく解放感は和服にはつきものであり(最近はかなり楽になってきたが)、自分を縛るもの全般のメタファーとしても機能している。
 令和に入った今、私たちを縛るものとは何だろう。どうにも避けがたい状況にある人もいることは前提としつつ、大方は自らが作った壁の中にこもっているのではないだろうか。自分ではない何かのせいにして選択肢がないと自らを欺く「自己欺瞞」に陥ってはいないだろうか。覚悟をもって選べばある程度の自由を獲得することが可能な時代といって差支えはないだろう。
解放そのものの輝きよりは縛るものがあったからこそ解放の喜びがあった久女の時代が眩しく見えてくるのは当事者でないがゆえの身勝手なのかもしれない。同時に美しさとはそうした束縛の中に宿るのではないかという思いもぬぐえない。
ほどくべき紐を自分の意思でまとい続けているのかどうか。言い訳のためにいらない紐をほどかずにいるのではないか。読むほどに、そんな問いかけに立ち戻ってしまう句となりつつあるのである。

『ホトトギス』(大正8年6月号)より。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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