鈴虫や母を眠らす偽薬
後閑達雄
鈴虫が鳴いている夜、「眠れる薬をちょうだい」と言う母に、薬を渡す。偽薬(にせぐすり)とはドキッとする言葉だ。白くて丸いラムネ菓子を睡眠薬と偽るケースも考えられるが、医療機関から偽薬が処方されることもある。
たいていは乳糖という、体に影響を与えない白い粉である。(ほのかに甘味がある。)1包あたり0.5グラムを分包し粉のままで渡すこともあれば、カプセルに詰めて渡すこともある。
わたしは薬剤師なので、薬の俳句にはいつも注目している。
母は偽薬であることはもちろん知らない。子は偽薬と知りつつ、母にそれを渡す。偽薬により安らかに眠る母。それを見届ける子。鈴虫の鳴き声しか聞こえない静かな家を想像した。淡々とした句の調子がかえって物語を際立たせている。
掲句は後閑達雄さんの第三句集『カーネーション』より。
同句集の〈雪もよひ悲しい時に飲む薬〉〈朝寝して朝の薬も昼に飲む〉も、薬のある日常を淡々と掬い取った名句だ。
(千野千佳)
【執筆者プロフィール】
千野千佳(ちの・ちか)
1984年 新潟県生まれ。
2016年 作句をはじめる。堀本裕樹氏に師事。
2018年 「蒼海」立ち上げとともに入会。
2021年 第2回蒼海賞受賞
2023年 第11回星野立子新人賞受賞
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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