全国・俳枕の旅【第74回】 ニューヨークと鷹羽狩行


【第74回】
ニューヨークと鷹羽狩行

広渡敬雄
(「沖」「塔の会」)

ニューヨーク州のニューヨーク市は、アメリカ合衆国の北東部・大西洋岸のハドソン川河口に位置し、開国以来同国最大の都市として栄え、人口は八四〇万人。

摩天楼 エンパイアステートビルからの俯瞰。小さな緑が見える。

世界の政治、経済、文化、ファッション等に多大な影響を及ぼす有数の都市。五つの行政区の内「マンハッタン」は最大区で、自由の女神像、国際金融の中心地のウォール街、エンパイア・ステートビルディングやワールドトレイドセンター等の超高層ビル街、米国同時多発テロ事件により崩壊した世界貿易センター、別名ツインタワーの跡地のグラウンド・ゼロに加え、国際政治の中心の国際連合本部ビルや全米の公園の中でも、毎年三〇〇〇万人と、最も来訪者の多いセントラルパークがある。三四一haもあり、天然のものに見えるが、殆どは造園されたものである。

ツインタワー跡地に立つワン・ワールド・トレードセンタービル(写真提供:月野ぽぽな氏)

摩天楼より新緑がパセリほど     鷹羽狩行

黒人少年重なり睡る花ユッカ     鍵和田秞子

髙廈より町見て暮れる鱒料理     田沼文雄

ケネディ空港
税関で越後毒消見せもする      中原道夫

摩天楼驟雨に蛇のスープ飲む     仙田洋子

鰯雲セントラルパーク横切れり    唐澤南海子

青葉風マンハッタンを駆け上がる   月野ぽぽな

ウォール街みんな足早靴白し     久留美智子

〈パセリ〉の句は、昭和四十四年、アメリカ自動車業視察出張の折の作で、第二句集『遠岸』に収録。同時作に〈夕焼を頭より脱ぎつつ摩天楼〉があり、「地上381mのエンパイア・ステートビルディンングの展望台から見下ろしたセントラルパークの感動を「パセリほど」で臨場感を出した。海外俳句の見本として、色紙にもよく書かされた」と自註にある。

摩天楼

「俳人の海外旅行吟でこれほど新鮮で印象深い句はない」(大野林火・帯文)、「生涯を代表する、海外俳句の珍しかった時代の魁になった句」(片山由美子)、「毀誉褒貶のやかましかった句、高層階から見降ろした地上の緑が活写されている」(倉橋羊村)、「日本を降伏させ、世界の富と産業の中心の超大国アメリカに呑み込まれた気配がなく、いたって冷静、客観的に眼下のアメリカ的な大景、偉観を手玉に取った趣があり小気味よい」(星野恒彦)、「マンハッタンという一つの島、下界が一つの大皿とイメージされ、大きな西洋皿に盛り付けられた一品一品の間に点在する樹木がパセリの役割を果たしている」(堀切克洋)等々の鑑賞がある。

鷹羽狩行は、昭和五(一九三〇)年、山形県新庄市生れ、本名は高橋行雄、旧制尾道商業高校入学後、俳句を始め、同二十三(一九四八)年山口誓子の「天狼」創刊の言葉に共感し入会。同二十九年秋元不死男創刊の「氷海」にも同人参加、上田五千石、堀井春一郎らと「氷海新人会」を結成。同三十三年結婚後、誓子の名付けた「鷹羽狩行」の俳号で「天狼賞」受賞し頭角を表した。

自由の女神

昭和四十年、第一句集『誕生』上梓し、三十五歳で並み居る実力俳人を排して俳人協会賞を受賞し俳人協会幹事となり、草間時彦、岸田稚魚らと超結社「塔の会」を結成。昭和五十年には第三句集『平遠』で芸術選奨文部大臣新人賞を受賞し、毎日俳壇選者にもなった。同五十二(一九七七)年、会社を退職し俳句専業となり、翌年、「氷海」を改題した俳誌「狩」を創刊主宰、平成五(一九九三)年俳人協会理事長、東京新聞俳壇選者、同十四年(二〇〇二)年、『十三星』等で毎日芸術賞を受賞し、俳人協会会長に就任した。同二十年には、句集『十五峰』で蛇笏賞、詩歌文学館賞を受賞。その後神奈川文化賞、日本芸術院賞も受賞し、日本芸術院会員となり、日本文藝作家協会常務理事等も務めた。

門下に辻田克巳、檜紀代、木内怜子、杉良介、遠藤若狭男、太田寛郎、足立幸信、片山由美子、櫨木優子、宮谷昌代、佐藤博美、若井新一、柴田多鶴子、西宮舞、桑島啓司、田口紅子、田中春生、大野崇文、鶴岡加苗、牛田修嗣等々錚々たる俳人を育てた。平成三十(二〇一八)年「狩」は終刊し、片山由美子主宰「香雨」が後継誌となった後、令和六(二〇二四)年五月二十七日逝去。享年九十三歳。

句集は、他に『月歩抄』『六花』『八景』『第九』『十六夜』『十七恩』「自註鷹羽狩行集」「海外吟 翼灯集」他多数。俳書・随筆『俳句を味わう』『俳句の上達法』『誓子俳句365日』『名所で名句』『俳日記』他多数。

グラウンドゼロ 慰霊碑(写真提供:月野ぽぽな氏)

「狩行俳句の本質は、直感によってとらえたものの瞬時の輝きにある。つまり感覚的人間であって、論理の人ではない。理知的俳句と言われ、知的操作と見えるものの、理論的に組み立てられるものではなく、直感の延長にある鋭敏な言語感覚である」(片山由美子)、「豊かな情感の世界、超透明な叙情の世界」(倉田紘文)、「機知の面白さ、修辞の巧みさの面のみから見ると狩行俳句の本質を捕え損う。独自の感性の切れが本質で魅力である」(友岡子郷)、「狩行俳句に隠された対比が、その斬新さの秘密」(筑紫磐井)、「写実派俳人と思う。写実の目が引き出した比喩であってこそ、これほどの説得力はない」(岡本眸)、「一言で言えば洒脱」(勝目梓)、「境涯俳句を乗り越えた詩としての愛妻・吾子俳句の成立は、根源俳句の垂直志向、客観化、即物化、知的操作を経て初めて可能だったー第一句集『誕生』―」(宗田安正)、「狩行俳句は、俳壇主流の写生というセオリーに必ずしも従わない。「機知俳句」の再評価されることを願う」(仁平勝)等々の鑑賞がある。 

スケートの濡れ刃携へ人妻よ (『誕生』)

畔を違へて虹の根に行けざりし

落椿われならば急流へ落つ

みちのくの星入り氷柱われに呉れよ

天瓜粉しんじつ吾子は無一物

わが而立握り拳を鷲も持つ

夜の新樹詩の行間をゆくごとし (『遠岸』)

蓮根掘モーゼの杖を摑み出す

胡桃割る胡桃の中に使はぬ部屋

母の日のてのひらの味塩むすび

うすものの中より銀の鍵を出す (『平遠』)

てんでんばらばらに四股踏み初稽古

一対か一対一か枯野人  

志松にもありて松の芯

紅梅や枝々は空奪ひあひ  (『月歩抄』)

鶯のこゑ前方に後円に 

葛の花むかしの恋は山河越え

村々のその寺々の秋の暮
 
蛇よりも殺めし棒の迅き流れ (『五行』)

トリニティー教会からワン・ワールド・トレードセンター

白桃の水をはじきて水の浮く (『六花』)

流星の使ひきれざる空の丈

秋風や魚のかたちの骨のこり (『七草』)

叱られて姉は二階へ柚子の花 

太陽をOH!と迎へて老氷河 (『八景』)

雪赤く降り青く解け銀座の灯

来世には天馬になれよ登山馬

どこまでも麦秋どこまでも広軌 (『長城長江』)

船よりも白き航跡夏はじまる  (『第九』)

とつくんのあととくとくと今年酒

赤きもの獅子舞となる山河かな

鴃(げき)舌(ぜつ)の「ディッヒ」「リッヒ」と息白し(『十友』)

筍掘るとどめの音を土の中 ( 『十一面』)

人の世に華を絶やさず返り花 

芸は一代まれに二代や松の芯 山廬(飯田蛇笏、龍太)

道あるがごとくにしぐれ去りにけり (『十三星』

年迎ふ山河それぞれ位置に就き (『十五峰』)

菖蒲湯の沸くほどに澄みわたりけり(『十六夜』)

一対は力のかたち松飾    (『十七恩』)

二階まで明るくなりぬ柿若葉 (『十八公』)

俳人であれば、たちどころに十以上の狩行俳句が、諳んじられる佳句揃いの俳人。四十八歳前後で現役引退しての俳句専業は、その後中原道夫、長谷川櫂と続くが、これほどの句集、評論、指導書等を刊行した俳人は例を見ない。片山の言う直感の延長の鋭敏な言語感覚の俳人と言える。永年俳人協会理事長・会長としての俳句界を牽引した功績も忘れられない。 

(書き下ろし)

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【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』『風紋』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会評議員。日本文藝家協会会員。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。新刊に『全国・俳枕の旅62選』(東京四季出版)。


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