【春の季語】春の月/春月 春満月
【解説】俳句で「月」といえば、秋の季語ですが、「春の月」は夏や冬と比べると情緒的な味わいがあるかもしれません。霧や靄 などに包まれて、柔らかくほのかにかすんで見えるときは、なおさら。そういう月をイメージさせるには「朧月」というとっておきの言葉があるわけなので、「春の月」といえば、一般には、春に観察される「朧ではない」月ということになるのでしょう。
また「朧月」が比較的、「満月」に近い月をイメージさせるのに対し、「春の月」のかたちはさまざま。三日月もあれば半月もあるでしょう。満月の場合は「春満月」ということで、やはり「朧月」のぼんかり感とは区別されるようなところがあります。
朧月は、ひとことでいえば低気圧が接近している証拠。一気に暗雲がたちこめるのではなく、ゆっくりと空の高いところから雲がかかってくるため、月がぼんやりと見えるというわけです。一方で、昼間にぼんやりするのが「春霞」。この時期はあたたかくなって、黄砂も飛ぶわ花粉もPM.2.5も飛ぶわ、遠くの景色も霞んで見えます。「春霞」は古来から詠まれているわけですが、最近はそんなわけで、春のよろこびとも言えなくなりつつあるような気も。
【関連季語】春霞、黄砂、花粉症、朧、朧月、夏の月、月、冬の月、寒月など。
【春の月(上五)】
春の月騒人楼に上りけり 大須賀乙字
春の月さしこむ家に宿とりて 前田普羅
春の月水のおもてにとゞきけり 日野草城
春の月海ある方へ犬走る 山口誓子
春の月わが禿頭を照し初む 金子兜太
春の月車輌継ぎ目に濡れて立ち 今井聖
春の月バレエ群舞の中にあり 対馬康子
春の月大輪にして一重なる 長谷川櫂
春の月水の音して上りけり 正木ゆう子
春の月階段に掛けあるは鞍 中田剛
【春の月(下五)】
清水の上から出たり春の月 森川許六
出駕籠まつ軒の低さや春の月 井上井月
かけたよりみちておほろや春の月 正岡子規
五六騎のゆたりと乗りぬ春の月 河東碧梧桐
我宿は巴里外れの春の月 高濱虚子
蹴あげたる鞠のごとくに春の月 富安風生
落書を消しにゆく子や春の月 竹久夢二
ふるさとや石垣歯朶に春の月 芝不器男
人を焼くけむりの触るる春の月 日野草城
まどかなり銀座まつりの春の月 久保田万太郎
あの猫のふぐり二つや春の月 阿波野青畝
国原や桑のしもとに春の月 阿波野青畝
暮雪飛び風鳴りやがて春の月 水原秋桜子
春の月上がりて暗き波間かな 後藤夜半
人の妻を盗む狐や春の月 松瀬青々
京の人京へ帰りぬ春の月 籾山梓月
外にも出よ触るるばかりに春の月 中村汀女
砂の上に波ひろがりぬ春の月 橋本鶏二
逆立つるべき眉もなし春の月 桂信子
人影のにはかに遠し春の月 高浜年尾
世は藪の中なり春の月わたる 能村登四郎
胸の幅いつぱいに出て春の月 川崎展宏
八景の一景の浦春の月 松崎鉄之介
蟻出でて葉をふみあるく春の月 宇佐美魚目
妻の肩へのりたるやうに春の月 今井杏太郎
伊賀よりも甲賀は寒し春の月 大峯あきら
金平糖の黄色が好きで春の月 渡辺鶴来
もののけの遊ぶ吉野の春の月 岩垣子鹿
ほつとする出逢ひに似たり春の月 嶋田一歩
湯の花の手よりこぼれて春の月 須賀ゆかり
少年は兎飼ふべし春の月 宮坂静生
車にも仰臥という死春の月 高野ムツオ
くろもじで切るカステラや春の月 広渡敬雄
首里城の赤屋根照らし春の月 澤聖紫
水の地球すこしはなれて春の月 正木ゆう子
我法学士妻文学士春の月 小川軽舟
明日会ふ人の電話や春の月 小川軽舟
あたらしき畝光けり春の月 高田正子
沈むとも浮くとも思ふ春の月 関根空
触るる木の真上に上がる春の月 井越芳子
水桶の水に浮かべて春の月 ペール・ヴェストベリィ
玄室の上古をのぞく春の月 天野小石
百年は生きよみどりご春の月 仙田洋子
いつまでも吠えてゐる犬春の月 春日愚良子
うるみ目のひとを妻とし春の月 田代青山
蔓薔薇のおびただしきや春の月 岡田一実
書庫に窓ひとつきりなる春の月 神野紗希
【春の月(ほか)】
夜詣の春の月へも手を合せ 後藤比奈夫
もう春の月と呼んでもいい親しさ 中西ひろ美
【春月(上五)】
春月や印金堂の木の間より 与謝蕪村
春月の眼胴(めどう)うるほひ雪景色 川端茅舎
春月の病めるが如く黄なるかな 松本たかし
春月や鞦韆に凭る宿直の師 芝不器男
春月や畑の蕪盗まれし 高野素十
春月の下にかはほり集ひつゝ 山口誓子
春月や雫の如く漁火が 野見山朱鳥
春月の木椅子きしますわがししむら 桂信子
春月や犬も用ある如く行く 波多野爽波
春月や酔の握手のサラリーマン 草間時彦
春月や小鍛冶が童うしろむき 佐藤鬼房
春月は乳いろ子なき顔照らす 鷲谷七菜子
春月の はにかみ頭出て モスクの屋根 伊丹三樹彦
春月の出るより欠くるなき光り 鷹羽狩行
春月がとろんと高しさようなら 池田澄子
春月大きふるさとに母帰り給ふ 大串章
春月の弦やはらかく傾きぬ 宮木忠夫
春月に一本の杖残し逝く 加藤瑠璃子
春月や電話を切りてよりひとり 青木恭子
春月や家の中なる妻を見て 岸本尚毅
春月や見れば虎魚と皮剥と 岸本尚毅
春月や招かれゆけば柩ある 岸本尚毅
春月や六臂頽(くづ)るゝ美少年 武田肇
春月の背中汚れたままがよし 佐々木貴子
春月の余熱のやうに口ずさむ 西川火尖
【春月(上五以外)】
読み倦いて寝転べば春月這へる虫 種田山頭火
このごろや春月高く地中海 山口青邨
学帽はかぶらず出でて春月に 波多野爽波
紺絣春月重く出でしかな 飯田龍太
誰か手をたたく春月出てをりぬ 川崎展宏
母なる伊豆春月の乳を噎ぶほど 文挟夫佐恵
新宿や春月嘘つぽくありて 山元文弥
【春満月】
初恋のあとの永生き春満月 池田澄子
春満月産湯に母を過てり 齋藤愼爾
春満月袋の中に二人いる 鳴戸奈菜
あかんぼが春の満月ゆらし泣く 石川貞夫
もういちど春の満月見て眠る 石田蓉子
【春三日月】
人遠く春三日月と死が近し 西東三鬼
城ある町春三日月を舟型に 大野林火
琴の湖春三日月は声あげて 有馬朗人
銀の櫂春三日月に持たすべし 村重香霞
【その他】
春の月ありしところに梅雨の月 高野素十
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】