常連とならぬ気安さ帰り花 吉田哲二【季語=帰り花(冬)】

常連とならぬ気安さ帰り花

吉田哲二
『髪刈る椅子』より


11月も後半に入り、まだ少し早いけれど、今年も会社のカレンダーを配る時期がやってきた。うちの会社のカレンダーは壁掛けの大判。毎月のモニタリング訪問時に持参するのだが、数件まとめて廻る時なんてけっこうな重さになる。でも「大きくてよく見えるし血圧とか書きこめて便利だわ~」「最近もらえなくなってきたから助かるよ」など喜んでいただけるので、ちょっと嬉しい。

急に寒さが増してきたけれど、まだ日差しのある日中は原付での移動もそう辛くはない。信号待ちで停まったら、あ~らこんなところに躑躅が咲いちゃっている、とほっこりしちゃったりして、案外いい季節かも。ということで掲句。

常連とならぬ気安さ帰り花

意表を突かれた。普通は常連客として店を訪れるほうが気安いと思うだろう。しかし作者はその逆、常連とならない気安さを詠んでいる。確かに定食屋や飲み屋、他にも家族経営の床屋や美容室など、常連客で成り立っているのだろうなぁと思う店はたくさんあって、とても和気藹々とした空気が流れている。ただし店や人との距離が近づき過ぎてしまうと聞きたくないことを聞いたり、また顔を出さなければ悪いとか義務感が生じてきてしまい面倒になってきてしまうのも事実。なかなか複雑なことを言い当てていて、さらりと身を躱しながら現代を生きる作者の姿勢が見えてきて面白い。「帰り花」という季語のつけ方も即かず離れず、人や店の出逢いも一期一会といった趣がある。

作者は1980年生まれの吉田哲二さん。昨年、第一句集『髪刈る椅子』を上梓された。俳人協会若手句会、若手部句会に参加、第9回星野立子新人賞を受賞されている。句集名は〈青芝に髪刈る椅子を据ゑにけり〉によるもの。〈父よりも上手くなるなよ喧嘩独楽〉〈冬うらら子にちやんばらを挑まるる〉など、2人の男の子のお父さんとして子育て俳句も多い。いや、もしかしたら奥様はご主人を含め三兄弟と思って接しておられるかも。それくらい子供さんと本気になって一緒に遊び、楽しみ、句を詠まれていることが随所から感じられる句集だ。

〈叱り過ぎを子に謝れず春寒し〉これはまた直球な一句。でも考えてみたらザ・昭和のお父さん俳人には詠めなかった句だろうな。句集から読み取る世代感覚というものもなかなか面白いものである。

常連といえば、句会場の近くにお気に入りの店がそれぞれあるのではないだろうか。私はお酒が飲めないので、たいていお気に入りのパン屋をみつける。あそこのパンを食べられるなら今月も頑張って句会に行こう、とか。そういえばケアマネも訪問先の近くに美味しいパン屋があると訪問が楽しみになる。あ、どちらも月1回くらいでは常連とは言わないか・・・でもやっぱりそれくらいが気安くていい。

美味しいパン屋も帰り花も日常の中の小さな幸せ。その小さな幸せを大切にしていこう。

黒澤麻生子


【執筆者プロフィール】
黒澤麻生子(くろさわ・まきこ)
1972年千葉県生まれ。1999年「未来図」入会。2004年未来図新人賞受賞。2005年「未来図」同人。俳人協会会員。2009年「秋麗」創刊に参加。2017年刊行『金魚玉』(ふらんす堂)により第41回俳人協会新人賞・第6回与謝蕪村賞新人賞受賞。2021年未来図後継誌「磁石」創刊に参加。現役ケアマネジャー。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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