かきつばた日本語は舌なまけゐる
角谷昌子
花菖蒲は見に行ったことがあるのに燕子花はあまりない。花菖蒲が江戸時代から園芸植物として品種分化が進んだのに対し燕子花はあまり園芸品種が育成されなかったためか、菖蒲園はよくあるが燕子花園というものは聞いたことがない。神代植物公園や昭和記念公園では見られるようである。
そのため私にとって燕子花は尾形光琳の「燕子花図屏風」であり、WEBで画像検索するものであり、歳時記や百科事典から想像するものとなってしまっている。これはいつか挽回せねば!
根津美術館では毎年「燕子花図屏風」を4月から5月にかけて公開している。庭園に燕子花があるので光琳のあと本物の燕子花を堪能することができる。などということを最近きちんと認識した。その情報にはこれまでにも接しているはずだが、燕子花への意識が低すぎてキャッチできていなかった。今年はもう終わってしまったので来年以降の宿題としよう。
かきつばた日本語は舌なまけゐる
「俳壇」2020年6月号の特集は「室内俳句の愉しみ」であった。そこに俳句とエッセイを寄稿しているうちの一句。室内というテーマに沿った句が5句とエッセイが掲載されている。
掲句はずっと忘れられず、どこの句集で出会ったのか、歳時記だろうか、などとずっと探し出せずにいたのだが先日偶然見つけた。正直どうしてこのバックナンバーを読んだのかも思い出せないのだが、そういうことは忘れてもこの句だけは忘れられなかった。
「かきつばた」の質感はなまける舌と響きあう。エッセイのなかで作者も”日本語の特色に対し、象徴的に働いていよう”と綴っている通りである。
ひらがな表記も効果的だ。垂れる様子は漢字の直線的でシャキッとした様子ではなくひらがなの曲線が多くてだらんとした雰囲気を醸し出している。
英語力を駆使した活動をしている作者にとっての、英語から日本語に切り替わった時の実感なのだろう。英語の子音が24個なのに対し日本語は13個。日本語を話していて舌に子音を感じるのはカ行、サ行、タ行、ナ行、ラ行くらいか。いずれも音が隣接しておらず、間違えやすい音がないからあまり意識する必要がない。それに対し英語はただでさえ子音が多いなか「she」と「see」を聞き間違えられないよう気を付けたり、単語の最後に「s」がついていたりして子音が活躍する場面が多い。
この特集が組まれたのは新型コロナウィルスによる活動自粛が始まってすぐの頃。マスクをつける機会が多いとそういったことにも気が付いてしまうのだ。
「俳壇」2020年6月号より。参考文献「日本大百科全書」。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】
【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔153〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助【吉田林檎のバックナンバー】
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