
行く秋や抱けば身にそふ膝頭
太祇
三重大グループの研究によると日本の「夏の期間」が1982~2023年の42年間で約3週間長くなっているという。「夏の期間」はグループが設定したもの。体感通りの研究結果である。同様に「冬の期間」を調査したところほぼ変化がなかったため、春秋が短くなったということになる。報道では‘春秋は短く「二季化」進む’という見出しが目立った。
春秋がなくなったという嘆きはあちこちから聞こえてくる。昨年は緑のまま散ってしまった銀杏を多くみかけた。しかし、春秋はなくなってはいない。花は咲き、木々は色づき、今年も長袖ブラウスだけで過ごせる日が複数あった。研究も二季化が進むと言っているだけでなくなったとは発表していないのだ。ないことを嘆くより今あるものを大切にしたい。
「二季化」が進む→春秋がないと嘆く人に、「今日は秋日和だから秋を満喫しましょう」と教えてあげたい。もう晩秋ではあるけれど。
行く秋や抱けば身にそふ膝頭
この句にどうしようもなく惹かれてしまうのはなぜだろう。幼い頃よくこのような体勢をとっていた、その時の記憶が感情とともに鮮明に残っているからだろうか。
体育座り(三角座りなど別称がいくつかある)をして、何かを待っている。ぎゅっと脚を抱え込むとその分膝頭もわが身に寄り添ってくる。自分で自分を抱きしめる心もとなさ。身に添う膝頭は冷たかったものだ。そこに顔をのせてみたり、かじってみたこともある。強くかじるとその分痛かった。晩秋に限らずいつもやっていたことなのに、思い出す膝頭は必ず冷たい。その感覚が「行く秋」と響きあってしまったようだ。「秋深し」と感慨するでもなく、秋を惜しむでもない。過ぎ去ってしまおうとしている秋をただ見送ることしかできない諦観なのだ。
蕪村と同時代を生きた江戸の俳人、炭太祇による一句。200年以上前に詠まれた作品とは思えない古びない感覚で、最近作られたと言われれば信じてしまう人がいてもおかしくない。俳句に携わる者としてそういう作品を一句でも残せれば本望である。
掲句を収めた『太祇句選』は一周忌に刊行された。さらに三回忌の『石の月』、七回忌の『太祇句選後篇』に加えて三十三回忌追善集『その秋』まで出ており、仲間からの愛され方も理想の形である。
掲句のような感慨をもう一度体感すべく体育座りで膝を抱いてみようとしてみたが、すっかり体が硬くなってしまった。これはなんとかしようがあるのだから諦めてはいけない…ですよね?
『太祇句選』所収。
※表記は『名家俳句集』(1935年、有朋堂刊)に従いました
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】

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