魔がさして糸瓜となりぬどうもどうも 正木ゆう子【季語=糸瓜(秋)】


魔がさして糸瓜となりぬどうもどうも

正木ゆう子


2020年のM-1グランプリ決勝戦。ロングコートダディが披露した漫才は「ワニに生まれ変わりたい人が肉うどんに転生させられてしまう」というネタでした。こちらの漫才では、完全にランダムで転生先が振り分けられるという設定でしたが、掲句の場合は、どうやら閻魔様が本人の希望を聞いてくれているようです。悪魔が心に入りこんだように判断や行動を誤る、出来心を起こすという意味の「魔がさす」。まだ志望校が決まっていない学生が、模試の志望校欄に出来心で名前の面白い大学を書くように、希望を聞かれ、適当に糸瓜と答えたのでしょうか。つまらないものや役に立たない人間の喩えに使われることのある糸瓜。よほど今世で苦労したのか、もう糸瓜でいいかと投げやりになっている様子が想像できます。糸瓜に転生したあとは、周りの糸瓜たちに「どうもどうも」と腰を低くしてご挨拶。周りの糸瓜たちは「もっと良い選択肢もあったのにもったいない!」、「魔がさしてなんて俺たちのことを馬鹿にしているのか!」と好き勝手言ってきますが、そんなことは気にも留めず、まあ気楽にやってみようとこの糸瓜は思っているのでしょう。生まれ変わりという魂にとってのビッグイベントをこんなにも気軽に考えている糸瓜を思うと、自分も「魔がさして」この人間に生まれてみただけなのだし、もっと気楽に生きてみようと思わされます。

このような輪廻転生の考えをもとに作られた俳句や、動物など人間以外のものになりきって詠まれた俳句は世の中に多数存在します。ところが、掲句のように「何らかの理由で、何者かに生まれた」と「なぜ」の部分を説明している句は、私のリサーチ不足もあるとは思いますが、あまり見たことがありません。「なぜ」の部分で作者の発想力がより試されるからでしょうか。いくつかこの発想の型で作られた俳句をご紹介します。

闘争に飽きて海鼠に生まれたる 正木ゆう子

じゃんけんで負けて螢に生まれたの 池田澄子

この発想の型では、「生まれ変わった理由」と「生まれ変わったもの」とのバランスの良さや意外性が重要になってきます。陸での激しい闘争と海でのゆったりとした海鼠の対比のバランス、じゃんけんという簡単な遊びと美しく幻想的な蛍の組み合わせの意外性。冒頭で紹介したロングコートダディの漫才も、厳かな天界のシーンで肉うどんというあまりに庶民的な食べ物が出てくる意外性が面白いですよね。前回は俳句の構文での大喜利の話をしましたが、文の型だけでなくこういった発想の型をベースに自分で作句してみると、発想力を鍛えるトレーニングになると思います。

更に掲句では、この型に下五の挨拶が加わったことでより独自性が高まりました。この部分だけでいえば、「糸瓜に言わせたら似合う挨拶といえば何?」という大喜利になります。こんにちは、よろしくね、初めまして、やっほーなど選択肢はいくつかありますが、「どうもどうも」の軽さと気まずさのニュアンスが絶妙です。この言葉選びのバランス力は作者の感性やセンスによるものですから、簡単に真似ができるものではありません。きっと普通の人では「どうもどうも」には辿り着けないでしょう。

さて、掲句には「魔がさして糸瓜になった」という発想に目がいきがちですが、その文体にも注目すべき点があります。俳句を嗜んでいる人ならば、文語と口語を一句の中に混ぜない方が良いという話を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。ところが、掲句は「なりぬ」という文語と「どうもどうも」という口語が、一句の中に入り混じっています。

魔がさして糸瓜となったどうもどうも

こうすれば音数はそのままにすべての言葉を口語にすることができますが、「なりぬ」は「なってしまった」という意味のため、「なった」とすると原句にあるやっちまった感はやや薄れてしまいます。そして、「なりぬ」というかしこまった文語と「どうもどうも」という軽やかな口語のギャップに、この糸瓜のおおらかなキャラクター、おかしみが表れているともいえます。文語だから、口語だからと形式で縛るのではなく、その句にふさわしい文体を選び取る力を身につけたいと思わされる一句です。

正木ゆう子 句集『静かな水』より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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