成人の日は恋人の恋人と 如月真菜【季語=成人の日(新年)】

成人の日は恋人の恋人と

如月真菜

成人式は、かつては1月15日であった。この日は小正月と呼ばれ、元服の儀が行われていた。昭和23年に「大人になったことを自覚し、自ら生き抜こうとする青年を祝いはげます」日として、国民の祝日に定められた。平成12年、ハッピーマンデー制度導入に伴い、1月の第2月曜日に変更されることとなる。各市町村で新成人を招いて行われる成人式は、男性は紋付羽織袴、女性は振袖で出席する。近年では、スーツで参加する人も増えた。新成人は、成人の日には故郷に帰り、成人式は同窓会のようになる。連休になったことで、参加者が多くなった。

掲句の恋人とは、昔の恋人のことであろうか。それとも恋しい人の意味で片想いの相手だろうか。恋人という言葉が孕んでいる曖昧さにより、いかようにも解釈が可能だ。一人の男性を挟み、女性二人の仲が良いことだけが分かる。

昭和の終わりに流行した『きまぐれオレンジ☆ロード』(原作:まつもと泉)という漫画は、週刊ジャンプ連載中にアニメ化され、人気を博した。主人公の春日恭介は、転校前日に転居先の近所の石段で鮎川まどかという美少女と出逢う。翌日、まどかが実は、同じクラスの隣の席で不良少女であることを知る。その後、まどかの不良仲間で後輩の檜山ひかるに一目惚れされた上に出合い頭で事故的なキスをし、猛アタックされるようになる。ひかるは、恭介をダーリンと呼び、校内公認のカップル状態に。恭介とまどかは、お互いに密かな想いを抱えつつ、ひかるに振り回されてゆく。超能力を持つ恭介とクールなまどか、天真爛漫なひかるの微妙な三角関係がコメディータッチで描かれる。連載当時は、ひかるを傷つけずに恭介とまどかの恋が成就して欲しいと願ったものだ。漫画に限らず、ドラマでも小説でも仲の良い女二人が一人の男を巡り、友情と恋の間で苦しむ話は多い。

私の友人の話である。面倒見の良いキミエは、高校時代にいつも一人でいるカスミに声をかけて、お互いに好きな小説などを交換し親しくなったという。毎日電話をし合い、放課後も一緒に過ごすようになった。1年ほどして、キミエに彼氏ができた。相手は、優等生のタツオで、文化祭の準備を経て惹かれ合い、クリスマスに告白した。そんな恋の話もカスミにはしていて、カスミも応援してくれていた。タツオと交際するようになると、カスミがまたひとりぼっちになってしまうことを懸念し、放課後デートも休日のショッピングデートもカスミを誘った。夏休みには三人で宿題をしたり、花火を見たりした。タツオは、特に文句も言わずカスミに気を遣っていた。喫茶店でキミエが席を外しても、無口なカスミにタツオが一生懸命に話題を振っていた。

やがてキミエは東京の大学を受験するため二人には逢えない日が続いた。タツオとカスミは、推薦でそれぞれ地元の大学への進学が決まっていたが、二人が逢っている様子はなかった。卒業後、キミエは東京で一人暮らしを始めた。新しい場所で新しい友人ができると、故郷に残った二人とは疎遠になった。ゴールデンウイークに三人で遊園地に行ったのを最後に連絡も取らなくなる。キミエがサークルの先輩と交際することになった時も報告しなかった。タツオとは自然消滅的な終わり方である。

二年後、年末に故郷に帰ると、カスミから「三人で初詣に行かない?」と電話がかかってきた。無沙汰の気まずさは、逢えば一瞬にして吹き飛んだ。高校時代と何も変わらないような会話をし、故郷の街を歩いた。違うことといえば、タツオが初詣の人混みの中でカスミの手を握っていたことである。レストランでも二人は隣同士の席に座った。「もしかして、二人は付き合ってるの?」と聞いた。「ごめんなさい」。二人が同時に謝る。「いいのよ。連絡しなかった私が悪いのだから。それに、カスミが淋しい想いをしていなかったことの方が嬉しいよ。タツオ、ありがとう」。キミエは、複雑な気持ちを抑えてそう言った。カスミが「成人式の着物や着付け、美容室の予約はした?」と聞いてくる。「スーツで参加するつもりでいたので、全然考えてなかった」「そんなことだろうと思って私、キミエの分も一緒に予約したの。だから、当日は一緒に行こうよ」。

自称世話焼きのキミエがカスミに世話を焼かれていることに驚いた。タツオが「カスミは、大学進学後に俺が落ち込んでいるときに、何かと気を遣ってくれたんだ。キミエには何度も電話したんだけど、いつも留守電で、折り返しもなかったし。高校時代は、正直、カスミは気の利かない子って思ってた。だけれども、カスミを守ってあげたくなるキミエの気持ちも分かっていた。まあ、何というか、キミエに振られた者同士がくっ付いて、キミエみたいに世話焼きの性格になったって感じかな。カスミも俺もキミエがいないと何にも決められなかったのにな。今は、二人で頑張ってるよ。でも、こうしてキミエがいるとやっぱり楽しい。これからも三人で仲良くしようぜ」と言った。成人式の日は、昔のように三人で過ごした。大人びて綺麗になったカスミを囲んで。

成人の日は恋人の恋人と  如月真菜

作者は昭和50年、東京都生れ。6歳の頃から俳句を始める。昭和62年、母の辻桃子主宰の「童子」に入会。編集同人を経て、現在副主宰。平成11年『蜜』、平成19年『菊子』出版。令和3年、『琵琶行』にて第12回田中裕明賞受賞。入門書に、『毎日が新鮮に! 俳句入門 ちょっとそこまで おでかけ俳句』(共著)、 『写真で俳句をはじめよう』がある。令和6年にエッセイ集『湖を出る川――芭蕉とかけめぐる近江』を出版。

24歳の時に出版した『蜜(俊英・青い麦)』は、青春時代の句集。現在は絶版で幻の句集となっている。つづく『菊子』は、32歳の時の句集で、恋から結婚、出産までが詠まれている。伝統俳句に基づいた景の描写のなかにきらりと光る大胆な表現が魅力的である。
  ハムカツと復唱したり春の山
  東風吹かば吾をきちんと口説きみよ
  海遠くはなれ浦島草あまた
  丹前をぬぎ散らかして山眠る
  更待の叔母様の名の菊子かな

第三句集『琵琶行』は、三人の子供を育てつつ夫の転勤に伴い転居した滋賀県の景色が風土を踏まえつつ詠まれている。
  つかのまを近江住まひや遠砧
  湖をうみと言うては泳ぎけり
  大津絵も壁に暑しやたこ焼屋
  作風も恋も変はるや夕立晴
  みどりごのいまだぬれゐて麦の秋
  鬼は外とて厚き戸をすぐ閉めぬ

真菜さんは、私と同じ年。初めて会ったのは、超結社若手句会「ルート17」の子規庵吟行だった。『菊子』を出版したばかりで、出産も控えていたため早々に帰られたことを記憶している。その後、ネット句会で何度かご一緒した。若くして指導的な立場にあり、評が的確であった。

   成人の日は恋人の恋人と  如月真菜

掲句は、ネットで引用されることの多い句であるが出典が分からない。そのため、作句の背景も分からない。自分の経験なのか他者のことなのか。私の想像では、友人と同じ男性を好きになり、片想いの間は一緒に盛り上がっていたが、やがて友人はその男性と交際するようになった。男性のことはまだ好きだけれども、二人の恋を応援しているというところであろうか。それとも、交際中の男性が友人と二股をかけていることに気付いたのだが、知らないふりをして友達のままでいようとしたのか。掲句の三角関係に読者は、どのような物語を想像するのだろうか。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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