白衣より夕顔の花なほ白し
小松月尚
6月2日、『スラムダンク』の電子書籍版が発売された。 待ちわびていた方も多いのではないだろうか。私は、紙の本の方が読みやすいのだけれど、作者がSNSで〈大きめのタブレット端末で見開きの状態にすると原稿に1番近く、読みやすいかもしれません。ノド(本の綴じ込んである部分)もしっかり見られる〉と言っていて、電子版も欲しくなっている。
男子高校バスケの試合を初めて観戦した時、静かに座って見守る監督は一人もなく、どのチームの監督も試合中に大声を出して立ち上がり、サイドラインぎりぎりまで近づき、身振り手振りを交えて選手に指示を出していて、びっくりした。ケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダースと間違えられるほど動かない安西先生とは全然違う。
安西先生とは湘北高校バスケ部の監督を務める安西光義のこと。恰幅がよく、白髪、眼鏡がトレードマーク。穏やかな風貌と温厚な性格から「白髪仏(ホワイトヘアードブッダ)」とも呼ばれ、部員達から親しまれ信頼を得ている。元全日本の選手で、かつては強豪大学でも指揮をとっていた名監督だ。県予選で海南大付属に一敗した湘北は、インターハイ出場の最後の1枠を獲得するために、残りの試合全てに勝たなくてはならない。そんな中、対陵南戦を明日に控えた状況で、突然、安西先生が倒れてしまう。
白衣より夕顔の花なほ白し
「夕顔」は夏の夕方から開き一晩で萎む、平たく五裂した白い花。作者は1883年生まれのホトトギス同人、小松月尚。1938年当時、真宗大谷派浄誓寺の住職をしていた。作者のことを詳しくは知らないが、僧侶とは死を扱う職業だ。
過度に緊張しているときや慌てているとき、人は視野が狭くなる。すぐそばにあるものが見えていないし、話しかけられても聞こえていない。緊張が解けたとき、初めて周りが見え、声に気がつく。この句には、なにがあったのか、またはなにもなかったのかは、書かれていないのでわからない。ただ、「白衣」という言葉に、救急搬送された安西先生のことを思った。
幸い、倒れたときに側にいた花道の迅速な処置のおかげで大事には至らなかった。駆けつけた部員たちが、安西先生の無事を確認し、検査のために2、3日の入院が必要なことを聞いて病院を後にするとき、初めて夕顔の花に気がつく。同様に、安西先生の妻も、見舞いに来た部員たちを病室の窓から見送る際になって、ようやく夕顔の色が目に入る。白衣より白いその色には、安堵の心地がある(新装再編版10巻300ページ)。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔5〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔6〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔7〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔8〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔9〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。