蹲の暗き水底寒の雨 中村恵美【季語=寒の雨(冬)】

蹲の暗き水底寒の雨

中村恵美

冬の雨」という季題もありますが、「寒の雨」は寒中に降る雨を指し、冬の中でもとりわけ冷えの深い時期を思わせる季題です。作者がこの句で「冬の雨」ではなく「寒の雨」を選んだことは、描かれる情景の質に深く関わっているように感じられます。

まず、蹲という言葉から、低い位置に据えられた視線を思います。見られているのは水面ではなく、水底です。しかもそれは「暗き」と言い添えられています。覗き込んだ先に、澄んだ反射や動きはなく、ただ沈んだ暗さがある。その静かな像が、まず確かに置かれています。

そこに降っているのが寒の雨です。激しさを伴う雨ではなく、同じ調子で静かに降り続く雨であることが思われます。雨は本来、動きをもたらすものですが、この句では水底の暗さは揺らぐことなく留まっているように見えます。雨が水をかき乱すというより、その降り続く時間の中で、暗さそのものがより意識されてくるのです。

寒の雨の一滴一滴によって、水底にある暗さが洗い流されるのではなく、むしろ重ねられていくように感じられるのは、「寒の雨」という季題の力でしょう。暗さは増したと断言されてはいません。ただ、変わらずそこにある暗さが、雨の反復によって静かに保たれています。

この句は、蹲の水底と寒の雨を置くだけで、読む者の時間をゆっくりと沈めていきます。その沈黙の深さをどう受け取るかは、読者に静かに委ねられています。

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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