ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく 鍵和田秞子【季語=ダリヤ(夏)】


ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく 

鍵和田秞子


昭和46年、鍵和田秞子39歳の時の作(『未来図』所収)。勤務先の先輩教員と結婚して15年。まだ子供を授かることがなかった。子供を生まなかったことを生涯詠み続けた作者だが、その重圧は、現代では計り知れないものであったろう。しかも、教員の仕事と俳句活動と、忙しい妻だったに違いない。実は、料理が苦手であったということも時折、エッセイに書いている。

ご夫君の鍵和田務氏は西洋家具の研究者であり、洋風文化を好む作者とは、気の合う夫婦であった。務氏からの熱烈なアプローチがあり結婚されたとのことであるが、当時も今も結婚は、二人だけのことではない。結婚した女性は、婚家と実家と二つの家を背負うことになる。「郷に入っては郷に従え」とは言うが、そうできない環境があったのかもしれない。結婚当初すでに、確固たる思想を持っていた作者には、自分を押し通そうとする強さもあったのだろう。

ダリヤは、メキシコ原産で、18世紀にスペインにもたらされ、日本には、江戸時代にオランダから長崎に持ち込まれた。メキシコやスペインというと、情熱的なイメージがつきまとう。ダリヤもまた、赤や黄色といった激しい色彩を放つ情熱的な花である。

鍵和田秞子も情熱の人であった。思想の面だけでなく、服装も原色を用いた情熱的な服が多かった。吟行の際、遠くからでも目立つ服をお召しであったのが印象に残っている。鍵和田秞子の俳句は、ファッションセンスの良さを感じさせるものが多い。

〈婚家の家風侵しゆく〉は、自解によれば「想像上の家風への反抗」とある。実際に家風を侵してはいないのであろう。だが、そんな秞子の反骨精神ともいうべき強さは、俳句だけでなく多くの面で弟子達に影響を与えた。未来図の周年記念大会の集合写真を紐解くと、ダリヤのように華やかな色を纏った女性達がずらりと並んでいる。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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