ハイクノミカタ

綿入が似合う淋しいけど似合う 大庭紫逢【季語=綿入(冬)】


綿入が似合う淋しいけど似合う)

大庭紫逢


 皆さんは意外なものを似合うと言われたこと、ありませんか。
 たとえばそれは動作であったり、身に纏うものであったり、あるいはふとしたときの言葉であったり……。「似合う」という言葉は複雑だ。われわれは気軽に「似合いますね」と声をかけてしまうのだけれど、大抵の場合、外見のみの判断ではなく、その人の内面も踏まえて発言しているようにも思う。似合う、という言葉の指す内容を本人がなんとなく受け入れている場合は良いが、それが思いもよらぬことだとなんだか無作法なことをしてしまったような微妙な間が生まれてしまう。

 以前、吟行中に橋の上で白鷺を眺めているある若手俳人に会ったことがあった。なんとなく一緒に川を見ていると、その人が急に「……なんで鷺は汚れていないんでしょうね」と呟いた。その人の作風を知っている筆者は「ああ、似合うなあ…」と思ったが、言葉にするのは憚られた。言葉にすることで繊細な部分に踏み込んでしまうような気がしたからだ。

  綿入が似合う淋しいけど似合う 大庭紫逢

 さて、掲句はどうだろう。
 筆者は綿入れの半纏を着ている人物を想像する。作中主体は、この言葉を伝えたのだろうか。淋しい、という言葉は人物に対する感慨なのだろうけれど、どこか作中主体の淋しさと混じり合ったものであるようにも思われる。

  忌みてなお氷室の闇を忘れかね
  狂信の雄叫あげぬ罌粟畑
  隻腕の風船売よ望郷よ

 透徹した美意識によって仮構された世界ではあるが、大庭の作品に描かれる人物には独特のノスタルジックな淋しさが通底する。大庭紫逢は藤田湘子が主宰の時代、昭和55年~昭和59年に「鷹」編集長を務めた。湘子死去後、主宰交代に伴い湘子選が受けられない「鷹」に所属意味を見出せず、退会。句集に『氷室』『初手斧』。句はいずれも『氷室』より引いた。

川原風人)


【執筆者プロフィール】
川原風人(かわはら・ふうと)
平成2年生まれ。鷹俳句会所属。平成30年、鷹新人賞受賞。俳人協会会員



【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期     富沢赤黄男【前編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 耳飾るをとこのしなや西鶴忌 山上樹実雄【季語=西鶴忌(秋)】
  2. 駅蕎麦の旨くなりゆく秋の風 大牧広【季語=秋の風(秋)】
  3. 子燕のこぼれむばかりこぼれざる 小澤實【季語=子燕(夏)】
  4. 何故逃げる儂の箸より冷奴 豊田すずめ【季語=冷奴(夏)】
  5. いつせいに柱の燃ゆる都かな 三橋敏雄
  6. まはし見る岐阜提灯の山と川 岸本尚毅【季語=岐阜提灯(夏)】
  7. 海の日の海より月の上りけり 片山由美子【季語=海の日(夏)】
  8. 猿負けて蟹勝つ話亀鳴きぬ 雪我狂流【季語=亀鳴く(春)】

おすすめ記事

  1. 【連載】新しい短歌をさがして【2】服部崇
  2. 葛の花来るなと言つたではないか 飯島晴子【季語=葛の花(秋)】
  3. 【夏の季語】泉
  4. 【春の季語】建国記念の日/建国記念日 建国の日 紀元節
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【8月20日配信分】
  6. 【春の季語】チューリップ
  7. なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ【季語=数へ日(冬)】
  8. あきかぜの疾渡る空を仰ぎけり 久保田万太郎【季語=秋風(秋)】
  9. 麻服の鎖骨つめたし摩天楼 岩永佐保【季語=麻服(夏)】
  10. 二人でかぶる風折烏帽子うぐひすとぶ 飯島晴子【季語=鶯(春)】

Pickup記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月2日配信分】
  2. 【春の季語】針供養
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第36回】内村恭子
  4. 【連載】「ゆれたことば」#3「被災地/被災者」千倉由穂
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第75回】近江文代
  6. 【冬の季語】雪
  7. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第31回】田園調布と安住敦
  8. 【冬の季語】冬の谷
  9. 【#27】約48万字の本作りと体力
  10. 吊皮のしづかな拳梅雨に入る 村上鞆彦【季語=梅雨に入る(夏)】
PAGE TOP