【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#29】


スマッシング・パンプキンズと1990年代

青木亮人(愛媛大学准教授)


スマッシング・パンプキンズの”1979”を聞いていると懐かしい気持ちになる。

大学時代によく聞いていた曲で、1996年頃にラジオからよく流れていた。確かその年度のグラミー賞を獲得したように覚えている。

私はこのバンド(“スマパン”と呼ばれていた)が好きだったこともあり、同時期に出たCDアルバムを部屋でよく聞いていた。

晴れた日には窓を開け放ち、湧かしたコーヒーを注いだマグカップを机に置いた後、ミニコンポにスマパンのCDをセットする。本棚から好きな本を抜き取って椅子に座った後、スピーカーから流れる”1979”を聞きながら本のページを繰り、煙草を吸い、コーヒーを飲んだ。

春にはそよ風がカーテンを揺らし、秋には涼しさを帯びた風がコーヒーから立ち上がる湯気を揺らした。私はスマパンの”1979”や彼らの他の曲を聞きながら、様々な本を読み耽った。チェーホフの『三人姉妹』もそういう時期に読んだ作品だ。

マーシャ それでも意味は?

トゥーゼンバッハ 意味……ほら雪がふっています。どんな意味があります? (間)

マーシャ 人間は信仰がなくちゃならない、あるいは信仰を探さねばならない、あたしには思えますわ、でなければ、人間の生活は空虚で、空虚で……生きていて知っていないなどということは、なんのために鶴は飛ぶのか、なんのために子供は生まれるのか、なんのために星は空にあるのか……つまり、なんのために生きているのか、それを知っていること、でなければそれこそすべては下らない、とるに足らないことになってしまいますわ。(間)

ヴェルシーニン それにしても惜しいな、青春が過ぎ去ったことは。

(チェーホフ『三人姉妹』、湯浅芳子訳)

そのうち晩になると、友人や恋人から電話がかかってきたりする(携帯電話がない時代だった)。

私はミニコンポのスマパンのCDを止め、読みかけの本を机に伏せて着替え、街の盛り場で彼らと落ち合い、酒を呑んだり、クラブでぼんやりしたりした。

夜明け前の空には青ざめるように薄明が広がり始め、やがて家々や道路に朝日が射しそめる頃、家に戻ることもあった。

シャワーを浴びてさっぱりした後、ミニコンポのスイッチを入れてスマパンの”1979”を流し、一息つく。その後は机の上に置いたままの読みかけの本を手に取り、ベッドに寝転がりながら続きを読んだりした。

“Junebug skippin’ like a stone

With the headlights pointed at the dawn

We were sure we’d never see an end

To it all

And I don’t even care

To shake these zipper blues…”

(Smashing Pumpkins “1979”)

今から振り返ると、なかなか悪くない時代だった。

【次回は11月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


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