神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第48回】松尾清隆

田村さん

松尾清隆(「松の花」同人)

田村さんとは、歌人・田村元(たむら・はじめ)氏のことである。銀漢亭の客はほぼ俳人であったから、俳人にまつわる面白エピソードには事欠かないのであるが、特に気に入っているネタはインターネット上で広く公開するのに適さないだろうという大人の判断により、今回は書評風の記事でお茶をにごすことにする。

紹介する本は、『歌人の行きつけ』(いりの舎刊)。著者は田村さん。

同書は、平成25年から平成28にかけて「うた新聞」に連載された同名の記事を書籍化したもの。俳人にもお馴染みの新宿西口「ぼるが」から始まり、石川啄木ゆかりの浅草「米久」や塚本邦雄の著書に登場する大阪「トリトーネ」など歌人たちの愛した店(居酒屋を主に、そうでない店も)を綿密な文献調査によって探索し、現在も営業している店をみつけては現地に足を運ぶ、という泥臭いスタイルで執筆された好評連載の単行本化である。

田村元『歌人の行きつけ』(いりの舎刊)

さて、われらが銀漢亭については……

「初訪問の日は、ある俳人の誕生会のため貸し切りだったが、残念そうにしていたら店に入れてもらえた。この店で知り合った同世代の俳人も何人かいる。」

との記述がある。

この初訪問の当時、H書店が刊行する短歌誌の編集をしていた私にとって歌壇賞作家である田村さんは同誌の大事な執筆陣のお一人という認識で、実際に原稿のやりとりは頻繁にしていたものの打ち解けてお話する機会はまだなかった。この日の「誕生会」には私も出席することになっていたが、仕事ですこし遅れて行ったのだったと思う。

銀漢亭に着いた私は俳人ばかりの店内に田村さんが居ることに驚いたが、予て田村さんが同年生まれであることは知っていたので、ここぞとばかりに交流を深めることにして、やはり同年生まれの阪西敦子といった若手をつぎつぎに紹介したのだった。短歌誌の編集をはなれた今でも、年賀状のやりとりなど田村さんとの交流は続いている。

後日わかったことだが、この日、貸し切りの店内に田村さんを招き入れた人物というのが、私の岳父・矢野春行士(「玉藻」同人)。世間は広いようで、だいぶ狭い。


【執筆者プロフィール】
松尾清隆(まつお・きよたか)
昭和52年、神奈川県平塚市生まれ。「松の花」同人。元編集者。「セクト・ポクリット」管理人・堀切克洋が俳句をはじめる前からの〝フットサル仲間〟でもある。



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