籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子【季語=籐椅子(夏)】

 味わい深い榮子の句は、心の隙を突きつつ心を満たす。

  毛皮着てけものの慈悲を貰ひけり

  メロン掬ふに吃水線をやや冒す

  黒マントで来て白鳥を脅かす

  夕立避く舞台の袖に立つごとく

  東京が好きで離れず雲の峰

 華やかな抒情といたずら心のある等身大の描写が魅力的な作家である。

籐椅子飴色何々婚に関係なし  鈴木榮子

 掲句は、上句の〈籐椅子飴色(とういすあめいろ)〉という大幅な字余りが目を惹く。さらには〈何々婚〉が読者を混乱させ、〈関係なし〉もまた放り投げたような表現である。解釈はさまざまに生れそうだ。籐椅子は夏の季語で、ヤシ科の蔓性植物の「籐」で編まれた椅子のこと。通気性が良い夏の調度品で、ゆったりと腰かけるものとして使われる。見た目も涼し気なものが多い。籐にはニスが塗られているため〈飴色〉に見えたのだろう。銀婚や金婚に関わらず、籐椅子はいつまでも飴色で自分に寄り添ってくれる。懐かしい甘さを持つ飴色は安らぎでもあり、その光沢は素っ気なくもある。世間のいう結婚形態に左右されず、自分の身の置き場にしっかりと腰を据えているのだ。

 私の母方の叔父のマサオさんは、学生時代に社会運動に関わったすえ、神経衰弱に陥り大学を中退する。その時に寄り添ってくれたナギエさんは、運動の同志で共に苦悩を分かち合ってくれた。だが、ナギエさんの父は二人の結婚を許さなかった。やがてマサオさんは貿易会社に就職し、ナギエさんはファッション誌の記者となり、一緒に暮らし始めた。お互いに出張や転勤が多く、離れて過ごした年月もあった。二人が入籍したのは、五十歳を越えてからである。出逢って三十年近く経った頃、ナギエさんの父が死に際になって、ようやく婚姻を認めたのだ。結婚形態にこだわらず、一緒に暮らしたり、遠距離になったりしながら恋愛関係を貫いた二人だから、入籍しても恋人同士のような雰囲気である。〈何々婚〉のどれにも当てはまらない。しいて言えば内縁婚か。仮住まいの続いた二人は、入籍を機に古い一軒家を購入した。小さな庭があって、軒には風鈴が飾ってある。夏になるとナギエさんは父の形見の籐椅子で、マサオさんはフランス製の籐椅子で夕涼みをする。晩婚の新婚生活を今も楽しんでいる。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
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