【秋の季語=晩秋(10月)】十三夜
【解説】シェイクスピアの戯曲に『十二夜』というのがありますが、英語のTwelfth Nightは、12月25日から12日目、降誕節の最終日にあたる1月6日(公現祭)の夜のこと。
もともと、クリスマスケーキは「十二夜」に食べるものだったのだけど、1870年代に、十二夜のパーティが常軌を逸するほど派手になっていったため、ヴィクトリア女王が禁じて、ケーキだけはクリスマスに食べるようになったのだとか。でもこれは、べつのお話。
「十三夜」は、旧暦9月13日の夜に見られる月のこと。満月よりも少しだけ欠けており、それが趣があっていいよね、という美学。ミロのヴィーナスだって、両腕がしっかり残ってたら、そこまで名品とはされなかったんじゃないの、という話にすこし似ていますね。
「十三夜」は、現在の暦でいうと10月頃になりますが、ちょうどこの頃は栗が実る時期なので、「栗名月」と呼ばれることがあります。また、枝豆を供えて祀ることもあるので、「豆名月」とも。ちなみに「名月」の別称は「芋名月」ですよ。
「十五夜」「十三夜」のどっちかしかお月見しかしないことを「片見月」や「片月見」といって、縁起が悪いともいう人もいたようです。えっ、それって実は、ただ飲みたいだけなんじゃないの、と思っちゃますが。
ちなみに文芸作品では、樋口一葉の『十三夜』(1895年)が有名ですね。パワハラ・モラハラ夫(高級官僚)と別れたいと思っている「お関」の物語。でも結局別れられなくて、車夫を止めたら昔の気になる男で、きけば自分の結婚のせいで自暴自棄になって、落ちぶれた生活をしていると。新時代の(1870年代以降の)「身分を超えた結婚」は、井上章一が『不美人論』で語っていたように、面食いの男の解放だったんですよねえ。
「十五夜」は、唐代の中国で始まった「中秋節」に由来するものですが、「十三夜」は日本ではじまったもの。イデア(理想・完成形)としての中国と、そのコピー(現実・不完全形)としての日本。ほら、それって「真名=漢字」に対する「仮名」と、同じ対応関係ですよね。
つまり、模範とすべき「古典主義」は、すべて中国に由来するので、そこからちょっとズラしたものを、日本で勝手につくって楽しんじゃおう、というのが「十三夜」というわけです。だから、「十五夜」だけ楽しむとか、「十三夜」だけ楽しむというのは、その対応関係を無視することになっちゃう。オリジナルを忘れたら、もうわけわかんなくなっちゃいますから。
「十三夜」の底に流れているのは、オリジナルの中国に対するリスペクトと、それを改変してしまう諧謔精神、パロディ精神。ああ、なんと俳句的な季語なのでしょうか。
同義の季語としては「後の月」「名残の月」「栗名月」「豆名月」などがあります。
【初出】『俳諧初学抄』(寛永18年、1641年)。
【後の月(上五)】
後の月須磨から連れに後れけり 井上井月
後の月つくねんとして庵にあり 正岡子規
後の月五臓六腑をおし照らす 三橋鷹女
後の月きのふの如く虚子語り 山田弘子
【後の月(中七)】
【後の月(下五)】
木曾の痩せもまだなほらぬに後の月 松尾芭蕉
そら鞘の闇残りけり後の月 横井也有
稲懸けて里しづかなり後の月 大島蓼太
うかれ女や言葉のはしに後の月 炭太祇
水涸れて池のひづみや後の月 与謝蕪村
下戸同士団子はどうぢや後の月 尾崎紅葉
三人は淋し過ぎたり後の月 高浜虚子
うすらげる靄の中より後の月 鈴木花蓑
橋の上に猫ゐて淋し後の月 村上鬼城
湯ざめして君のくさめや後の月 日野草城
目つむれば蔵王権現後の月 阿波野青畝
串魚のすがたの寂びや後の月 水原秋櫻子
水ならぬ水にしたしむ後の月 上田五千石
客去りて洗ふ小鉢や後の月 鈴木真砂女
寝巻には筒袖ありて後の月 能村登四郎
補陀落の海まつくらや後の月 鷲谷七菜子
奪衣婆の足投げ出して後の月 有馬朗人
円空仏生家に並ぶ後の月 柿本多映
江の島はくぢらの形後の月 佐々木健成
【十三夜(上五)】
十三夜日記はしるすことおほき 竹下しづの女
十三夜はやくも枯るゝ草のあり 久保田万太郎
十三夜くもるはずなく曇りけり 久保田万太郎
十三夜孤りの月の澄みにけり 久保田万太郎
十三夜真白くきつき足袋をはく 菖蒲あや
十三夜みごもらぬ妻したがへて 志摩芳次郎
十三夜宿痾の兆しあらわれる 宇多喜代子
十三夜抽斗引けば真葛原 斎藤愼爾
十三夜女ばかりのバスに乗り 五十嵐秀彦
十三夜妬みてからむ髪おそろし 筑紫磐井
【十三夜(中七)】
【十三夜(下五)】
手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙
車椅子はもとより淋し十三夜 成瀬正俊
浅草は風の中なる十三夜 高篤三
静かなる自在の揺れや十三夜 松本たかし
嗜むは草木の薬十三夜 後藤夜半
みちのくゆこけし嫁入十三夜 山口青邨
サボテンは影をつくらず十三夜 山口青邨
人形は手鏡をもつ十三夜 山口青邨
ベレー帽かぶりてぞ出づ十三夜 山口青邨
墨すつてひととへだたる十三夜 桂信子
搭はいま目となりきつて十三夜 加藤楸邨
墨磨すれば墨の声して十三夜 成田千空
ふくべより賜る酒や十三夜 星野麥丘人
窓ごしに赤子うけとる十三夜 福田甲子雄
酒盛りのひとり声高十三夜 川崎展宏
外に出でて手足の冷えや十三夜 森澄雄
鮭飯の鮭の精霊十三夜 佐藤鬼房
親展とあるをひらかず十三夜 澁谷道
漢方の百の抽斗十三夜 有馬朗人
煮かへして味のまろさよ十三夜 鷹羽狩行
なまぬるいシャツを脱ぎ十三夜かな 池田澄子
この冷えは魚のたましい十三夜 高野ムツオ
鏡ごと一族が消え十三夜 渋川京子
陸橋に見送る尾灯十三夜 西村和子
かな女亡きあとの十五夜十三夜 落合水尾
半身の沈みしままや十三夜 照井翠
宙吊りの豚はももいろ十三夜 仙田洋子
終電のあとを貨車ゆく十三夜 下坂速穂
鳴ると思う電話の鳴りぬ十三夜 瀬戸優理子
赤ん坊は水のかたまり十三夜 黒澤麻生子
【名残の月】
この秋のなごりの月を出雲崎 長谷川櫂
【豆名月】
どこまでも豆名月ののぼるなり 大峯あきら
【栗名月】
壺愛でて栗名月も近きころ 藤田湘子
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