今日何も彼もなにもかも春らしく
稲畑汀子
4月から「ハイクノミカタ」の金曜日を担当いたします。よろしくお願いいたします。
「オタク」とは何かに熱狂的に取り組む人を指し示す言葉だという。きっとセクト・ポクリットの読者には「俳句オタク」の方がたくさんいるのだろう。私は、俳句への情熱はほどほどで、どちらかといえば、『SLAM DUNK(スラムダンク)』の方が好きだと思う。ほぼ一日中、スラムダンクのことを考えているので、句集を読めば当然スラムダンクっぽい句を探す。それがとても楽しくて、誰かに話したくなってしまって、とうとうハイクノミカタで書かせてくださいとお願いをした。
そういうわけで、ここでは、私が見つけた「スラムダン句」を紹介してゆく。スラムダンクはテレビアニメや映画にもなった作品なので、大ファンという方も多いだろう。解釈一致も不一致も広い心で受け止めていただけると嬉しい。また、スラムダンクを知らない方も一緒に楽しんでいただけたらありがたい。
ご存じの方が多いと思いつつ、ちょっとだけ説明すると、スラムダンクは、井上雄彦によるバスケットボールを題材にした漫画で、バスケットボール部に所属する高校生達が全国制覇を目指すというストーリー。1990年から1996年まで『週刊少年ジャンプ』で連載された。
漫画の主人公、桜木花道(さくらぎ・はなみち)は赤い髪がトレードマークの高校一年生。花道の夢は好きな女の子と一緒に登下校することなのだけど、中学時代は喧嘩に明け暮れる不良で、50人の女性に告白するものの全て振られてしまっている。そんな花道が進学した湘北高校で赤木晴子(あかぎ・はるこ)に声を掛けられるところから物語が始まる。
「バスケットは…… お好きですか?」
新装再編版の単行本だと1巻の12ページ。お手元に漫画がある方は開いてみて、私と一緒に感じてもらえたら嬉しいのだけど、このシーン、やわらかな風にふわーっと花びらが広がっているような感じがあるように思う。漫画のコマには、花や風は描かれていないのに、沈丁花やジャスミンの香りまでしてきてしまう。そして、この瞬間、花道は恋に落ちて、「春が来た」「このオレにもついに春がきたー!!」と心の中で叫び出すので、普段は人の恋愛にそれほど関心のない私も、よかったね、よかったねと、あふれ出す春を満喫してしまった。そんな時、ふーっと浮かんできたのがこちらの一句。
今日何も彼もなにもかも春らしく
作者はホトトギス前主宰の稲畑汀子。1951年、20歳の時の作品で、虚子選「朝日俳壇」に初入選したもの。
最初にこの句にふれたとき、この句の春を4月とは思わなかった。立春を過ぎた2月の下旬から3月中旬くらいのことかなと想像した。寒いけど、光りと風が明るくて、歩いているとふと梅の香りを感じるくらいのころ。気温的には冬のコートで丁度良いけれど、気分はそろそろ軽いコートにしたいなと思うくらいの春。まだ寒さが残っているからこそ、春らしさを見つけたことへの驚きと喜びがあるのではないのかなと思う。
だから、この句を春爛漫という雰囲気のシーンに結びつけるのは、違うのかもしれない。けれども、今日、突然に春を見つけた心の動きと、突然に恋に落ちた心の動きは、高まるという点で似ていると思うし、この句の背景や作者のことを知ってしまうと、晴子の前向きで明るい自然体の魅力は、「天衣無縫」と評された汀子句の魅力と近しい気がする。また、俳句の魅力に性別や年齢は関係ないけれど、20歳の汀子が作った句からあふれるキラキラと高校生の晴子が発するキラキラは同じくらいに眩しい。
晴子との出会いをきっかけに花道は新たにバスケットボールを始めることとなる。
「なにもかも春らしく」の中には「新しさ」も含まれているように思う。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2025年3月のハイクノミカタ】
〔3月1日〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
〔3月2日〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
〔3月3日〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
〔3月4日〕あはゆきやほほゑめばすぐ野の兎 冬野虹
〔3月5日〕望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
〔3月6日〕万の春瞬きもせず土偶 マブソン青眼
〔3月8日〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
〔3月9日〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
〔3月10日〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月27日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
〔2月28日〕津や浦や原子爐古び春古ぶ 高橋睦郎