竹秋の恐竜柄のシャツの母 彌榮浩樹【季語=竹秋(春)】

竹秋の恐竜柄のシャツの母

彌榮浩樹


この句は、彌榮浩樹の第二句集「銃爪蜂蜜 トリガー・ハニー」(ふらんす堂/2025年3月刊行)に収録されている。

彌榮浩樹について私が知っていることは少ない。著者略歴から、1965年生まれで京都に住んでいることがわかる。そのほかには、京都で時々ひらかれる俳句の研究会「醍醐会」の取りまとめをされていることを知っている。そのくらいだ。

句集「トリガー・ハニー」のときに不謹慎な、奇妙な面白さ。この句集っていわゆる俳壇には評価されるのだろうか?つまり、俳句総合誌で、一句単位でなく句集として評価してもらえるのだろうか。良きにせよ悪しきにせよ、こんなに絶妙に変でおもしろいのに評されなかったらくやしいな…。

読んだ印象としては、バッターボックスに立ったら、正面からではなく真横や死角から球が来る。直球だと思っても直前で加速したりする。私が打ててない(受け止めきれずどっかに行っちゃった)球もたくさんあると思う。この俳句たちは、こんなに面白いのにたしかに川柳ではなく有季定型俳句だ。なぜなら季語がすごく働いているから。とはいえ、そこにあるのは、季語がちょうど良い感じに・ほどよい距離感で・季語の本意に沿って、働いている快さではない。季語の本意は十分に踏まえつつも、その浮力を違う方向に逃がしたり、時にやや濃厚に即けたりしている。読んでいると(それは…その状況は…よく考えると変なのでは…)とか、(そこにその季語は面白すぎるやろ…)としばし茫然とすることが多い。自分にはそれらの句のよさを拾い切れないところもあるが、時折ふつうに上手い句が混じり、(やはり手練れであったか…)みたいになる。

初めに引いた、

竹秋の恐竜柄のシャツの母

の句にはとぼけた味わいがある。恐竜柄のシャツの母がそもそもパワフルでかなり良いが、さらに竹秋をそこにつけてくることで妙に疲れたような、ぬぼっとした味が出てくる。

寿司桶にひかりの残るソナタかな

この上5中7で渋い季語つけたら普通にいい句になりそうなのに、下5でこんなことって、あります…?真ん中で突如和風から洋風にギアチェンジしたみたいな…。ひかりとソナタが共鳴してなぜか荘厳な雰囲気もあるが、でも、考えてみたら寿司桶(おそらく食後)だし、もう気持ちの持って行き場がない。

河童忌のすこし豪奢な水を買ふ

あくまでも水、しかし豪奢な水というところに、透明感も華やかさも空虚さもあり、芥川をよく表していると思う。これはふつうに上手い句。

声は縹で筆跡が冬の鳥

ここには何らかの切なさがある。この人はいるのだけど、もういないのではないか、あるいは生きていても近くはない距離感にある人ではないかという気がする。

モノクロの怪獣映画夏野菜

この句の夏野菜のびかびか光る生命感。迫力はあれどあくまでフィクションである映画の中の怪獣に、夏野菜がぶつかってカラフルに上書きしていく。

佐々木紺


【執筆者プロフィール】
佐々木紺(ささき・こん)
1984年生、「豆の木」同人。2022年、第13回北斗賞受賞。2023年、「雪はまぼろし」20句で豆の木賞受賞。2024年、句集「平面と立体」刊行、島根「書架 青と緑」で展示「夜の速度」(山口斯×佐々木紺)。俳句一句の入った小箱「haiku souvenir」(紙屋)発売中。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2025年3月のハイクノミカタ】
〔3月1日〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
〔3月2日〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
〔3月3日〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
〔3月4日〕あはゆきやほほゑめばすぐ野の兎 冬野虹
〔3月5日〕望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
〔3月6日〕万の春瞬きもせず土偶 マブソン青眼
〔3月8日〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
〔3月9日〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
〔3月10日〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫

【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月27日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
〔2月28日〕津や浦や原子爐古び春古ぶ 高橋睦郎

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