女湯に女ぎつしり豊の秋 大野朱香【季語=豊の秋(秋)】


女湯に女ぎつしり豊の秋

大野朱香


湯気にかくれたり、あらわになったりしながら、ふっくらと豊かな女性のからだが、その狭い空間を満たしている。
湯船を出たばかりの、火照ったような頬と、湯の滴るみずみずしい髪と肌が光る。
「女」はひとりではなく、「ぎつしり」だからこそ、この重層的な豊かさが描けるのだろう。
それはまさに、女湯の静かな活気そのもの。そして、それを感じさせてくれる「女ぎつしり」から、「豊の秋」へ着地するところがもう、たまらない。
実りの秋の、その豊かさをどこまでもことほぐ季語が、女湯の幸せな質量を、どこか淡々と言い表してくれているのが、とてもいい。

この句は、大野朱香さんの句集『反物』に収められている。
私がはじめて歳時記を買って、俳句を定期的につくりはじめたのは2019年頃。その歳時記に載っていた〈ダッフルコートダックスフンドを連れ歩き 大野朱香〉という句が妙に気になってしまい、どんな作品をつくるひとなんだろう、と検索してみた。
スマホの画面に最初に出てきたプロフィールに、昭和30年生まれ、という数字を見つけた瞬間、「あ、今同じ時代を生きているひとだ」と、なんだか会いに行ける気がしてしまった。
見つけたブログを読み進めていくと、所属や職業、句集の話とともに、2012年に若くして亡くなられたことが書かれていて、スクロールする手が止まった。
そしてそのまま、句集『反物』を購入した。わたしが、生まれたはじめて買った句集だった。

女湯に女ぎつしり豊の秋 大野朱香

そのとき唯一手に入った、大野朱香さんの句集『反物』には、大好きな句がたくさんある。そのなかでもこの句は、秋になるたびに思い出す。
収穫間近の田んぼを見るたびに、女湯の湯気を思い出す句だ。

「ぎつしり」は人数でもあり、その場の肉体の密度でもあり、心地でもあり、それは豊の秋でもある。
女、というどこかそっけない言い振りも、この世に豊をもたらすその崇敬が詰まっているように思えてくる。

そういえば浮世絵にも、湯屋(銭湯)の女湯が賑わっている様子を描いた作品がいくつかある。
この句からは、その生き生きとしている曲線や色彩も、なぜか感じられる気がするのだ。
「女湯に女ぎつしり」は、風景としては理解していて容易に想像がつくが、よくよく考えると写真や動画で見ることは、まずない。
私は女湯に入ったことがあるからその実感があるが、まして男性からすると、これは今まで見たことのない景色のはずだ。それでも、想像ができてしまうのが、この作品の巧さなのだろう。
私がこの句から絵画的な曲線を感じたのも、決して写真や映像で見ることのない題材ならではの効果かもしれない、とあとから思ったりもした。

あのとき、句集『反物』は奇跡的に買えたが、それ以外の三冊の句集はまだ入手できていない。
なんとかして手に入らないか、と、名前を検索して、作品を調べたりブログを読み漁ったりしていたら、朱香さんも編集者をしていた、という情報が載っていた。
私も同じ編集者なんです、と、もう伝える術がないことがさみしくて、でも思いがけない共通点にすこしだけ嬉しくなった。

反物は畳を転げお山焼
鳥の巣のNo.4に入りけり
たこやきに額あつめて女正月
浴槽のま新しくて黴の家
これはもう裸といへる水着かな
ながき夜のみじかき夢の中にあふ
春燈をともせば嗚呼と二十人
園長は園児ひきつれ神の留守
(大野朱香 句集『反物』『はだか』『嗚呼』より)

女湯に女ぎつしり豊の秋
大野朱香(1955-2012)句集『反物』所収。

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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