追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂【季語=追羽子(新年)】

追羽子の空の晴れたり曇つたり

長谷川櫂


作者は1954年熊本県生まれ。俳人。1993年に「古志」創刊、2009年まで主宰。

掲句は「震災句集」より。羽子つきを熱心にしている、穏やかな景である。雲がよく流れて、太陽が現れたり遮られたりしているのであろう。その度に少しずつ、周りの明るさや、人間や羽子の影の濃さが変わってくる様が美しい。長い時間性を持った句で、作中主体がずっと遊んでいた、または眺めていたことが想像できる。

句集を句群と捉えて読むと、東日本大震災の被災地での一場面であることがわかり、空の様子が心情めいてくる部分があるかもしれない。無患子や墨など、伝承の面にも深い思いが読み取れる。

さて、掲句の収録された「震災句集」は2012年1月25日発行である。「震災句集」では大震災から1年間、俳句の持つ時間性を存分に発揮して、大きな被害を受けた街にも巡ってくる四季が描写されている。

一方で、作者はさらに1年前、2011年4月25日に「震災歌集」と題した、100首余りからなる歌集を発行している。今の時点では作者唯一の歌集である。氏によれば、東日本大震災から10日ほど、「やむにやまれぬ思い」に駆られて短歌を詠み続けたのだという。

 「震災歌集」の短歌を引用する。

  乳飲み子を抱きしめしまま溺れたる若き母をみつ昼のうつつに

  人々の嘆きみちみつるみちのくを心してゆけ桜前線

やはり心情的な側面が強く、何もできないからこその苦しい思いが伝わってくる。短歌の特性を多方面から活かした形である。同じような場面でも、「震災句集」では

  風鈴や呻くがごとく鳴りはじむ

  みちのくの大き嘆きの桜かな

と、悲しみつつも、言葉を絞り、一歩離れた姿勢でいる。

喜怒哀楽あらゆる面で大きな衝撃を心身に受けたときに、何かを書き残そうとするのは人間の性であろう。その衝撃が非日常だったからこそ、いつもと異なる手段を選ぶことも理解できる。例えば、感情的な面に向き合うべきでないと判断して俳句を詠みはじめた歌人がいても、定型であることの一種の不自由さ、言い切れなさを選んだ詩人がいても不思議ではない。

一方、読者にとってはどうだろうか。まず、このような辛い出来事は忘れることが自分の身を守ることに繋がり、忘れないことが誰かを守ることに繋がる側面があるだろう。それを踏まえた上で読むことを選んだ場合、このケースでは、当然、短歌の持つ激情もありありと色褪せずに残り続けると思うが、淡々と描写されている俳句の凄みも時間が流れるほどに増してくるのではないかと考える。短歌は1人の慟哭で、俳句は街の軋みのように感じるのである。

東日本大震災時点で私は小学校2年生であった。私自身も、現実味という観点では震災について理解していないと思う。今後、教科書的知識で震災を知る世代が続々と現れるだろうが、そういった人たちがこれらを読んで、それぞれに何を思うのだろうか。衝撃を受けて涙を流す人も多いだろうし、全く別の事柄を重ねて共感することもあるかもしれない。反対に、高すぎる当事者性に心を乗せられない人もまたいるだろう。

詠むことと読まれることはしばしば全く別の意味を持つ。詠み手としての掲句の作者は、誰のために何を詠んだのだろうかと想像する。全く以って自分だけのためだとしても、言葉の姿そのものらしいと思うのだ。

野城知里


【執筆者プロフィール】
野城知里(のしろ・ちさと)
2002年埼玉生。梓俳句会会員、未来短歌会会員。第12回星野立子新人賞、第70回角川俳句賞佳作。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修

【2025年1月の火曜日☆野城知里のバックナンバー】
>>〔1〕マルシェに売る鹿の腿肉罠猟師 田中槐
>>〔2〕凩のいづこガラスの割るる音 梶井基次郎
>>〔3〕小鼓の血にそまり行く寒稽古 武原はん女

【2025年1月の水曜日☆加藤柊介のバックナンバー】
>>〔5〕降る雪や昭和は虚子となりにけり 高屋窓秋
>>〔6〕朝の氷が夕べの氷老太陽 西東三鬼
>>〔7〕雪で富士か不二にて雪か不尽の雪 上島鬼貫
>>〔8〕冬日宙少女鼓隊に母となる日 石田波郷

【2025年1月の木曜日☆木内縉太のバックナンバー】
>>〔5〕達筆の年賀の友の場所知らず 渥美清
>>〔6〕をりをりはこがらしふかき庵かな 日夏耿之介
>>〔7〕たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋 小津安二郎
>>〔8〕ふた葉三葉去歳を名残の柳かな 北村透谷


【2024年12月の火曜日☆友定洸太のバックナンバー】
>>〔5〕M列六番冬着の膝を越えて座る 榮猿丸
>>〔6〕去りぎはに鞄に入るる蜜柑二個 千野千佳
>>〔7〕ポインセチア四方に逢ひたき人の居り 黒岩徳将
>>〔8〕寒鯉の淋しらの眼のいま開く 生駒大祐
>>〔9〕立子句集恋の如くに読みはじむ 京極杞陽

【2024年12月の水曜日☆加藤柊介のバックナンバー】
>>〔1〕大いなる手袋忘れありにけり 高濱虚子
>>〔2〕哲学も科学も寒き嚔哉 寺田寅彦
>>〔3〕教師二人牛鍋欲りて熄むことあり 中村草田男
>>〔4〕今年もまた梅見て桜藤紅葉 井原西鶴

【2024年12月の木曜日☆木内縉太のバックナンバー】
>>〔1〕いつの日も 僕のそばには お茶がある 大谷翔平
>>〔2〕冬浪のつくりし岩の貌を踏む 寺山修司
>>〔3〕おもむろに屠者は呪したり雪の風 宮沢賢治
>>〔4〕空にカッターを当てて さよならエモーショナル 山口一郎(サカナクション)

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