菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟【季語=花菖蒲(夏)】

菖蒲園こんな地図でも辿り着き

西村麒麟

 鎌倉駅を目指していたのに乗り換えを間違えて気づいたら海老名駅にいたことがある。地理に弱すぎてその失敗談に対する周囲のリアクションの大きさにこちらが驚いた。そして後からマップで確認してみたらその遠さに改めて驚いた。

 こんなハイレベルの方向音痴ゆえスマホのマップを起動していても平気で逆方向に行ってしまう。それで1駅歩いたこともある。その時は1駅前で下車したことに気付かずに歩いてしまったのだった。方向音痴以前の問題である。

菖蒲園こんな地図でも辿り着き

 花菖蒲の育て方を検索してみると想像以上の手間がかかっている。そのために菖蒲園はチラシの地図にまで手がまわらなかった…というわけでもないだろうが、手間のかかっている花菖蒲とどのくらい手間がかかったかわからない地図とのギャップが楽しい。手間をかけたゆえにシンプルになりすぎたのかもしれないが。

 「こんな」には「こんな奴だったなんて」「こんな所にきてしまった」など否定的なニュアンスがある。しかしこの「こんな」にはその地図への愛着を感じる。

 花菖蒲には尖ったところがなく、「こんな地図」とそれを頼りに辿り着いた作者のちょっとした疲労と通じるところがある。

 『鷗』では以下の句も好きでした。

 その辺にどかと座るや夏祭

 香水や我に冷たく美しく

 月の秋出来立ての句を受話器より

 虫売の使ふきりぎりすの言葉

 インバネス死後も時々浅草へ

 なかなかの雨女なり藤の花

 それぞれに少し孤独や花の酒

 肺炎の日々朝涼し夕涼し

 のんびりと片手の上がる踊かな

 甘茶仏今度は後ろからもかけ

原稿を書いている今、東京近郊では花菖蒲が見ごろのようである。アップの頃にもまだ咲いていますように!

『鷗』(2024年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
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>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
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>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助【吉田林檎のバックナンバー】
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