丹頂のくれなゐ黒き寒さかな 飯島晴子【季語=寒さ(冬)】

丹頂のくれなゐ黒き寒さかな

飯島晴子

 デザインやインテリアの世界では「配色の黄金比」があり、その黄金比率は【70:25:5】とされている。ベースカラー(全体の基調):70%、アソートカラー(全体を引き立てる色):25%、アクセントカラー(さし色):5%の配分。それぞれの役割を果たすようこのバランスで3色に抑えるのが基本となる。

 丹頂鶴に置き換えてみるとベースカラーは白、アソートカラーは黒、アクセントカラーは赤と、なかなかのバランスである。ほんの5%(概算)でありながらその効き目は絶大だ。

丹は「赤」、頂は「てっぺん」を意味するのがその名の由来。頭のてっぺんが赤い鶴ということだ。昔ばなし「つるの恩返し」の挿絵は丹頂鶴であることが多く、親しみ深いイメージである。

 「丹」は赤土の古語で、丹色の顔料は鉱物が由来。黄味のかかった色合いで、鳥居などに使われる色である。一方「紅」は紅花由来の色で、どちらかといえば青みがかっている。分類としては別の色ということになる。通常見かける鶴の頭はその由来通り丹色であるが、この句では「くれなゐ」が採用されている。

丹頂のくれなゐ黒き寒さかな

 一点の紅によって引き立つ存在感はモノクロの衣装に身をつつんだ女性の唇に引かれた口紅のようだ。丹頂鶴のアイデンティティであり、美しさを引き立てる役割も果たす紅色を「黒」と感じた。

 曇天であろうことを内包しつつ、世界が暗く見える心理も働いているといえるだろう。そうなると丹色を黒に近い「くれなゐ」に感じたのも自然なことに思えてくる。作句の際に丹色と紅色を区別しようとした意図はなかったであろうが、無意識にふさわしい色の名を選んだということは大いに考えられる。

 〈初夢のなかをどんなに走つたやら〉を巻頭句とした『儚々』は晴子生前最後の句集。体調を崩した後の作品が収められていることを蛇笏賞受賞のことばで語っている。

 全体としては〈干大根いまはかけがへなきいろに〉〈蚕豆の茹いろのいまひとつかな〉〈春の湯の濁らぬままをおとしけり〉など身辺の色の小さな変化を敏感にとらえた句が少しずつ心に引っかかる。それらの色にどこか愁いを感じるからだ。

 「平成五年」の章には掲句のほか〈行きあはす真紅の薔薇の堕るとき〉があり、紅という色が滅びに傾く感覚を複数回覚えていたことがわかる。〈昼顔のあれは途方に暮るる色〉にもそのニュアンスが感じられる。

 視覚が寒さをとらえた時、暖色は寒色に翻るのかもしれない。

『儚々』(ぼうぼう/1997年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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