雛納めせし日人形持ち歩く
千原草之
ふー、三月になったら、急にゆったりした気がするー。
などと言う感じは、錯覚にさえなくて、あいかわらずなんで私はこんなに追われ続けているのか。「セクトポクリット」管理人・ほりきり氏の「追われ癖」が国境を越えて感染したのか。「二月は逃げる、三月は去る」なんていうけど、それぞれどこへ行っちゃうのか。あー、どうしよどうしよー、雛もしまわなならんしー、な、金曜ですよ。
この連載を始めてから、頭がぱんぱんになったとき、ついつい読んじゃうのが、千原草之。第二回、十月九日で取り上げて、半年もしないうちにおんなじ作家を取り上げるっていうのも、これだけ俳人がいる中で芸がないんじゃないのっていうご意見は、もちろん…、全然気にしない。
私の体が求める句は、きっとほかにも渇望している人がいるんじゃないかと信じて、季刊・千原草之、春の号をお届けします。
雛納めせし日人形持ち歩く
しかし、二月は逃げて、三月は去って、どこへ行くのかというのも、気になるけれど、人形を持ち歩いてどこ行っちゃうのかも、けっこう気になる。
きっと、持ち歩いている本人にもわかっていないのだろう。もしかしたら、人形を持ち歩いていることさえ、無意識かもしれない。
前回、申し上げた通り、個人的には「人形」というものが苦手で、その存在意義があまりわからない方なのだけれど、仲良くなれなかった友達にも、やはりそれなりの存在感というものはある。
「雛納め」は、どんな雛にもあるけれど、ことさらいうからには、雛飾りの大きさや豪勢さは別に、きちんと出し入れされている雛なのだろう。出すと言って出し、納めると言って納める。そんなふうにする家であれば、雛祭の直前ではなく、かなり前もって飾り、最初は異彩を放っていたとしても、そのうちに家の中での存在も確立し、それに慣れ、納める日には欠落ができる。
動作の主語は、皆さんのご想像通り、千原草之(40歳、昭和40年、作句当初)その人ではむろんなく、隣り合う句である「納められゆく雛に吾子立つて居る」に描かれるように、草之の幼い娘であることがわかる。彼女が受けた衝撃の大きさを描写している。
このように雛と人形がともに登場することは珍しい。雛も人形の一種であれば、狭い一句の中で、そのちょっとした違いを描き分けることが困難だからだ。
この句では「雛納め」とすることで、雛には触れているけれど、すでに退場しているために、その二つを共に描くことをかろうじて成り立たせている。舞台には人形が残る。雛が出現する前の立場を取り戻したような人形の帰還、または復権であり、しかし、抱き歩くという動きからは、まだそちらへ戻っていない娘の意識も見える。
The song is ended but the melody lingers on.
なんて思い出さなくてもいいか。
思い出すと言えば、高校生だったころ。部活の一学年上の先輩が、授業中に何か別のことをしていて、先生に「出て行け」と言われた際、「どこ行くんすか」と尋ねて、先生を激昂させたという話が(それは事実だったみたいだけれど)あった。そのあとしばらく「どこ行くんすか」が部内の流行語となっていたこともあって、それ以来、こういういらない「行き先」を考えてしまうようになった。先生には気の毒だったけれど、先輩には感謝している。
なぜなら、そういうよくある文脈の先を考えてみることが、俳句の可能性を拓く気がするからだ。
ちなみに、お雛様は、よく晴れた日にしまうのが、雛の体にも、人の体にもいいそうだ。
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】