本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明【季語=胡麻の花(夏)】


本の背は金の文字押し胡麻の花

田中裕明

結社誌『秋草』の中に、「よしきり句会抄」「春秋句会抄」という連載記事があった。前者は波多野爽波、後者は田中裕明の拾遺句を鑑賞するという内容であり、山口昭男主宰が執筆されていた。その記事をきっかけに、田中裕明の俳句に魅かれていった。

 「秋草」鍛錬会の打ち上げの、お好み焼き屋だったかと思う。話の流れで「春秋句会抄」の連載を引き継がせていただくことになった。酔った勢いで、裕明の素晴らしさを語ったような気がするが、はっきりとは覚えていない。それから四年間、おもに『先生から手紙』の時代の句を鑑賞した。毎月三十句ほどの中から七句を選び、思いつくままに句のよさを書いた。読み返してみると、なんとも要領を得ない文章で恥ずかしくもあるが、自由に書かせていただいてありがたかった。裕明から学んだもっとも大きなことは、俳句は「わかる」に媚びることはない、ということだ。

掲句は1991年の拾遺句。本棚に収まっている背表紙の金の凹み。それに「胡麻の花」という季語である。そこに理屈はない。むしろ、上十二の措辞によって、胡麻の花がより鮮明に見えてくるのである。季語が動かないが、なぜ「胡麻の花」なのかはうまく説明できない。一つの季語でたくさんの俳句をつくることを繰り返し、季語と懇ろになっていくことで、やっとその境地に到達できるのであろう。

この句に魅かれたのは、私が無類の本好きなことにも起因している。美しい装幀の本を見つけると幸せな気分になり、ついつい欲しくなってしまうので困っている。ちなみに、私の第一句集『王国の名』の背表紙は黒の箔押しであり、表紙には「Names of The Kingdom」という英題が白で箔押しされている。装幀家の濱崎実幸氏のアイデアで、大変気に入っている。

常原 拓


【執筆者プロフィール】
常原 拓(つねはら・たく)
1979年 神戸市生まれ
2016年 「秋草」入会 山口昭男に師事
2023年 第7回俳人協会新鋭俳句賞準賞
2024年 第一句集『王国の名』

第7回俳人協会新鋭俳句賞準賞受賞の「秋草」所属の中堅俳人。
待望の第一句集。

常原拓句集『王国の名』

四六判変型上製
200ページ
2000円(税別)

ISBNコード
978-4861985805


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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