少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女【季語=鶯(春)】


少女才長けの鳴き真似する)

(三橋鷹女

掲句は、三橋鷹女句集「羊歯地獄」より。

才に長けた娘が鶯の鳴き真似をしているというだけの句ではあるが、ただ、微笑ましいという光景だけにとどまっていないように思われ、立ち止まってしまった句である。

鶯の声に自然と少女の心がほぐれていくような春らしさに、少女の才と無邪気さのアンバランスさが描かれており、かつ、少女がそのまま鶯になってしまいそうな雰囲気も仄かに感じられる。何に才が長けているのかは分からないが、あたかも突出した才により、少女でもなく、鶯でもない存在へと変貌していくようでもある。

飯島晴子の句に「百合鷗少年をさし出しにゆく」という句があるが、晴子の句は、少年に意志がない分、より危うさがあるが、どこか鷹女の句と共通している世界のようにも思われる。一握りの少年や少女でしか行くことのできない遠くの世界。そこには鳥が象徴的に存在する。

また、鳥や獣の声の鳴き真似は、言葉が生まれる文明以前にされていたと言われているが、より本能に近い行為ということだろうか。鶯の鳴き真似という可笑しみに加え、何にも同化できないあはれさも、そこはかとなく流れているように思う。

掲句の少女は鷹女自身のことではないが、孤独な作家と言われた才気あふれる鷹女の少女時代を彷彿とさせる。

そして、このアンバランスで危うい感覚を鷹女はいつまでも持ち続けたのではないだろうか。

老いながら椿となつて踊りけり

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


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