【連載】
新しい短歌をさがして
【19】
服部崇
(「心の花」同人)
毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
「角川短歌」2023年11月号の「歌壇時評」欄を担当する山下翔が「「読み」の共有へ向けて」と題した文章を書いている(206~211頁)。一首一首をどう読むかについて8つの「読み」の立場を列挙している(207~208頁)。
①作者のこれまでのうたとの対比のなかで読む(作家性に注目する・歌人論的に読む)
②素朴にテキストとして読む(書かれてあることから言えることだけを言う)
③自分(読者)の体験に引き寄せて読む
④うたの書かれた時代背景のなかで読む(作家性や短歌史的背景ではなく、生活者としての作者に注目している)
⑤ことばのイメージや象徴するもの、それらの関係のなかで読む
⑥レトリック・韻律・「てにをは」を味わう
⑦一首に滲む思想的(人文学的、社会科学的)背景を読む
⑧短歌史や、「本歌」「引用元」、他者の作品に照らして読む
このような「読み」の整理の仕方はこれまで見たことがなかったので、ここに備忘録として引いておく。自分なりの「読み」の整理を提示してみたいと思ったが、それについては追々考えていきたい。
今回は渡辺幸一『プロパガンダ史』(角川書店、2023)を読む。著者略歴によると、渡辺幸一は1950年、福岡県北九州市生まれ。1990年にイギリスに移住し、イギリスにて歌作を始めている。1997年に第一歌集『霧降る国』、2004年に第二歌集『日の丸』、2013年に第三歌集『イギリス』を刊行している。『プロパガンダ史』は第四歌集に当たる。
渡辺幸一は1998年に「欧州短歌」を創刊、2000年には「欧州短歌」を「世界樹」に改組し、海外に住む歌人たちのための同人誌を発行し続けてきた。筆者(服部崇)はパリ在住の頃にロンドンに同氏を訪問したことがある。また、「世界樹」に作品を掲載してもらったことがある。
以下、『プロパガンダ史』から何首か紹介する。その際、山下翔の8つの「読み」の整理のどれに該当しそうか、①から⑧で示した。
わが母語を心の深き錘とし北の異国に老いゆかむとす
「北の異国」はイギリス。イギリスに移住してから長い年月が経ち、老いを迎えようとしているが、異国にあっても母語の日本語を心の支えとしているのであろう。「錘」と表現したところに惹かれる。馬場あき子〈さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり〉を想う。⑧。
武器を売り賭博を許す日本の堕ちゆく先を深く恐るる
イギリスから日本を見ている。「防衛装備移転三原則」の見直しや「統合型リゾート」推進法の成立などの動きを見て、日本の行く末を心配している。「堕ちゆく」としたことで行く末の方向性がくっきりとした。④。
平成十二年(二〇〇〇年)
歌誌「世界樹」創刊。
国々の歌の花の環作らむと歌誌「世界樹」の編集始む
平成二十一年(二〇〇九年)
イギリス国籍取得。
国籍を変へたるのちに鬱となり自問が続く〈われは何者〉
これらの二首は、「短歌研究」誌の依頼に応じ、平成期における足跡を振り返る歌を作った一連のなかにある。一首目は「世界樹」創刊の際の意気込みが伝わる。二首目は日本の国籍を失ったことへの自問。④。
飛び立たぬ大鴉一羽濡らしつつロンドン塔に雪降りしきる
ロンドン塔に一羽の大鴉が留まっている。降りしきる雪が大鴉を濡らしている。雪の白と大鴉の黒のコントラストが美しい。歌枕のロンドン塔が効いている。⑤。
「あの人はアカ」とひそかに言はれをり日系人の社会にわれは
イギリスにおける日系人コミュニティとの関係がうかがわれる。一首に思想が潜むといってもよいであろうか。あるいは思想は明らかといってもよいであろうか。ただし、一首は他者からのレッテルを否定しているように見える。⑦。
つきつめて言ふなら歌は生きざまとわが知るまでの長き歳月
「歌は生きざま」とはかっこいい物言いである。結句が「歳月」と体言止めになっているところが歌を引き締めている。かつて歳月を詠った歌に渡辺幸一『イギリス』〈詩人的分析家たらむと気負ひつつロンドン金融街にありし歳月〉がある。①。
朝なさな姿あらはす鹿のため庭の木桶に水を汲みおく
古典的な初句「朝なさな」から入ってリズミカルで美しい一首。木桶に水を汲みおくやさしさが心地よい。⑥。
淡々と今日逝きし人の数を言ふBBCは夜のニュースに
コロナ禍のイギリスを詠った一首。イギリスであることを明確にするための「BBC」が素材として効いている。④。
かかる世に生きゆく意味を詠はむと言葉の森へ今日も入りゆく
作者の歌に対する姿勢が現れている一首。これまでにも渡辺幸一『イギリス』〈風のごとわれは逝きたし幾首かの詠み人知らずの歌を残して〉がある。①。
どの国も宣言せねど第三次世界大戦は始まつてゐる
どの国も宣言していないようだが、第三次世界大戦は始まっている、と詠んでいる。②。
「ロンドンもいつか攻撃されるだらう」隣人マイクが不安げに言ふ
私の近くにも不安げに語る隣人がいる。③。
以上、渡辺幸一『プロパガンダ史』を取り上げ、筆者の「読み」を記するとともに、その「読み」が山下翔の8つの「読み」の整理のどれに該当しそうかを①から⑧で示してみた。一首一首を読むに際して山下翔のいう①から⑧の各種の「読み」の方向性があり得ることを念頭に置くことで、一首一首の「読み」を広げたり深めたりする可能性があるように思われた。
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。
Twitter:@TakashiHattori0
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】