柿の色とにかく生きなさいの色 宮崎斗士【季語=柿(秋)】


柿の色とにかく生きなさいの色

宮崎斗士


この句をはじめて読んだ瞬間、柿に感じていた「何か」を、見事なまでに言語化してもらえたような気がして、それがとても嬉しくて、なんだか泣きそうになったことをとても覚えている。

柿のあの、つやつやとした橙色。
夏の陽射しをたっぷり受けて、秋が来たことをこれでもかと主張するかのようにきれいに熟した色。
撫でても色は変わらないのに、撫でるほどに手の中にある光が変わっていく感じ。
どこか懐かしさも感じさせてくれる、温度感と郷愁感のかたまりのようなあの色が、「とにかく生きなさい」の色だという。

確かにそうだ、と思うけれど、なぜそうなのかは私の語彙では説明できない。
暖色だから?いや、それもなんだか違う。
でもあれは「とにかく生きなさい」の色で、この「とにかく」も命令形もとても大事で、柿という存在感や重量感にとてもよく似合う。
そう思わせてくれる強さがある句だと思った。

岐阜在住の私にとって、柿はとても身近な存在だ。
特に私の実家の地域はとにかく柿農家が多い。柿農家でなくても、庭に立派な柿の木がある家も多い。

小学生の私が朝、登校しようと玄関を開けると、どっさりと柿が入ったレジ袋(持ち手を持ったら破れそうなほどの量)が、玄関先におもむろに置かれていることは茶飯事だった。
別に誰も驚かない。「そっかあ、もうそんな時期なのね」と思うくらいだ。
名乗ることも、要か不要かの確認もなく、みんな野菜や果物を玄関に置いていくのが普通、という田舎で生まれ育った。
(ちなみに母に確認したところ、2024年現在、まだこの「柿勝手に玄関前に置いてある」風習は、続いているらしい)

勝手に置いてある柿の袋を見た祖母が「この時期でその色やと、◯◯さん家やな」という予測は100%当たっていて、子どもながらに「なんでわかるんだろう」「あんな今にも破れそうな袋に柿入れて、どうやって持ってきたんだろう」と不思議でならなかった。

我が家に柿の木はないのに、秋になると毎日食べきれないほどの柿が食卓を占領していた。
子どもの頃はそんなに好きではなく、「食べなさい」と言われて食べる程度だった。
隣家の大きな柿の木が、我が家の庭まで迫り出していて、柿の時期も終わりに近づくと、収穫されないまま放置された実が庭にしょっちゅう落ちていた。それをままごとに使った記憶もある。

もし万が一、買いたくなっても、薬局や本屋の店先で1個10円や20円で売っていた。
もっといい柿がほしければ、柿畑の端にある無人販売所に行けば、立派な富有柿がどっさりと安価で買えた。
それでも、大人になるまで私は、柿を自分で買う機会は一度もなかった。

柿の色とにかく生きなさいの色 宮崎斗士

そんな子ども時代を過ごした私にとって、柿はどんな果物かを問われると、まさにこんな色をした果物だと、掲句を読んで心底そう思った。

柿は、お腹に入るまでずっとあの色だ。
林檎はあんなに鮮やかな赤なのに、剥くと白くなってしまって、赤だったことを忘れてしまいそうだし、桃や巨峰も鮮やかなのは皮だけで、食す部分はシンプルな色をしている。
でも柿は、剥いてもなお橙色を保っていて、手にしたときから食べ終わるまでずっと、「とにかく生きなさいの色」をしている。
そんなことを考えていると、柿の味のこともちゃんと思い出せる。

宮崎斗士さんの句集『そんな青』は、日常を細やかに、ちょっと楽しく、でもとても繊細な感覚、意外な視点で綴った句がたくさん収められていて、何度も読み返している大好きな句集だ。

猫の子に石かな切り株かな空だ  宮崎斗士
寒鯉やどこかもやもやした脱稿  同
背泳ぎや太陽があるちょっと照れる  同
馬刀貝やいつもさらっと来る正午  同
雪女三人で来る一人で来い  同
青き踏むふとおっぱいという語感  同
五十音の国に生まれて生きて鮎  同
句集『そんな青』より)

掲句、柿の句のように、「そうなんだよ」「そうなんだけど、でも説明はできなくて」「同じように感じていた人がいたんだあ」という発見や安堵感が、読み返すたびに何度も押し寄せてくる。
どれもとてもやさしくて、とてもみずみずしい。

柿の色とにかく生きなさいの色  宮崎斗士
句集『そんな青』所収

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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