あきさめや肌つつみゆく旅衣 鈴木しづ子【季語=秋雨(秋)】


あきさめや肌つつみゆく旅衣

鈴木しづ子


鈴木しづ子第一句集『春雷』に、収められている一句。

「旅衣」は、旅で着る衣服のことを指すのだろう。
源実朝の『金槐和歌集』に、〈旅衣うらがなしかる夕ぐれのすそ野に露に秋風ぞ吹く〉という歌がある。この歌にある「旅衣」にも通じるような、どこか雅なようでいて寂しさもある、でも美しく厳しい自然のなかをまっすぐに進んでいく、「旅の人」を思わせてくれる。
掲句の「旅衣」という言葉にも、そんなイメージが感じられる。

衣類が肌を包んでくれるのは当然のことながら、掲句はその事実だけを言っているのではなく、「肌つつみゆく」という表現から、かすかな “経過のようなもの” を感じさせてくれる。

私が感じている「経過」には、もちろん「時間」の経過があるが、掲句の場合は、単なる時間経過だけではない気がする。
雨が降り続く「空間」や、衣の触れる「肌感覚」にも、“経過のようなもの” があるとしたら。中七の「肌つつみゆく」とひらいた柔らかい表現、そして「ゆく」の二音が、そうさせているのかもしれない。

上五の「あきさめ」にも、同じようなやさしさが含まれる。
この秋雨は、長く、ずっと、細かな雨がしとしとと静かに降り続けているようなイメージだ。
ここにも、やさしい雨の “経過” と、“今” がある。「あきさめ」と縦書きで書いた雰囲気そのものが、旅に降る雨のやさしさであると感じ取れるのだ。

旅衣が、かすかに雨に濡れているとも読める。
少しだけ水分を含んだ旅衣は、肌の質感に近くなっていく。
隠れているはずの肌の美しさと、旅の場面に降る些細な雨が、旅という非日常を纏ってしっとりと響き合っていくところに、とても惹かれる。
衣に包まれゆく肌の柔らかさ、ずっとやさしく降り続く「あきさめ」、そしてこの先もずっと続いていくであろう旅。
自分という物体をまるごと包むように存在する「旅衣」という、動かぬものがどっしりと下五で描かれることで、さまざまな「経過」がここに集約され、ひとつの景として強く美しいものになるのかもしれない。

同じ句集『春雷』には、同じく秋の雨を詠んだ〈あきのあめ衿の黒子をいはれけり〉という句もある。
ゆったりとひらいたひらがなの「あきのあめ」が、とてもやさしくて心地よい。こうした表記の巧みさも、しづ子作品のたまらなく好きなところだ。

大正8年に東京・神田に生まれた、俳人・鈴木しづ子。
高等女学校卒業後、製図学校を経て製図工として就職した。社内の俳句部で俳句と出会い、そのつながりから俳句結社「樹海」に入会、松村巨湫に師事する。そして20代で出版した第一句集『春雷』が大きな話題になり、一躍有名俳人となった。

個人的にしづ子作品に触れるきっかけとなったのが、私が今住んでいる「岐阜」とのつながりだった。
しづ子は昭和25年に、岐阜県稲葉郡那珂吾妻町(現・各務原市那加)へ転居し、岐阜市柳ヶ瀬近辺でダンサーを職業としていたという。
その後駐留米兵と同棲するも、昭和28年ごろを最後に、突如各務原から消息を絶ち、今も行方はわかっていない。

幻の俳人、鈴木しづ子がもし、まだこのまちに生きていたら105歳。
もしかしたら…と僅かな希望を膨らませながら、岐阜のことを詠んだであろう作品を探し出し、あれこれ妄想しつつ、岐阜弁を話していたかもしれない、105歳のしづ子おばあちゃんを想っている。

あきさめや肌つつみゆく旅衣 鈴木しづ子
句集『春雷』所収。

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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