動くたび干梅匂う夜の家 鈴木六林男【季語=干梅(夏)】

動くたび干梅匂う夜の家

鈴木六林男
はしづめきょらい

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 数年前から自分で梅干しを作るようになった。長女は私の作る梅干しが大好き。それで、梅干し作りはやめられない恒例行事となり、毎年6月が近づくと、ああ、そろそろ梅を探さなければ、とそわそわし始める。

 毎年梅干しを作りながら思う、自分で梅干しを作っている人など、今どれくらいいるのだろう、と。同世代やママ友ではまず聞いたことがないし、私の母でも私が子どもの頃に数回作ったことがあると記憶しているが、それきりだった。なので7月頃に住宅街を歩いていて、梅を干しているお宅を見つけると、ああ、お仲間がここにいる、と嬉しくなるのだ。

 掲句は、梅干しを作る家の人にしかわからない感覚だ。6月から一か月ほど塩漬けにした梅を、梅雨明けした晴れの日に3日間連続で干す。陽が出ている時には外に出して置き、夕方には家に取り込む。これを3日間繰り返す。この、梅を家に仕舞っている夜の間、家中に漂う梅の香りは、それはそれはとんでもない存在感を放つのだ。我が家の場合、笊の上に梅を並べたまま玄関に置いておくのだが、何かで廊下に行く度に、ムアっと梅の酸味ある香りに見舞われる。そうだ、今梅があるんだった、とその度に思い出す。「動くたび」が言い得て妙。そうそう、まさにそう。

 鈴木六林男氏は大正8年の生まれ。この頃は、庭の梅を自分で漬ける光景がそこかしこにあったのだろうか。

 ちなみに我が家の庭には梅の木などなく、梅は買っている。最初はスーパーで買っていたが、あまり出来栄えが良くなく、今は和歌山の「完熟梅」なるものをインターネットで購入している。これが令和の梅干し作り。

 さらにちなみに、今スーパーで売っている梅干しは減塩で酸味も少ないものがほとんどなので、今の子どもは梅干しを見せても唾がわかないという話を聞いたことがある。うちの子はというと、私の作る梅干しはとても酸っぱくてとてもしょっぱいので、「匂いだけでごはんいける」そうである。

柴田麻美子


【執筆者プロフィール】
柴田麻美子(しばた・まみこ)
1979年生まれ
2010年「鬼」入会、以後復本一郎に師事。
2011年「鬼」新人賞
2022年「阿」入会
2024年より「阿」編集長



【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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