毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
【第38回】
台湾大学の学生たちと歌会を行った
前回紹介したように5月13日に台湾大学において講演「異文化交流における日本文化・日本文学の力と役割~和歌・短歌を中心に~」を行った。講演を聴いてくれた学生の中には短歌に強い関心を示す学生が数名いた。講演の終了後、台湾大学の服部美貴助教授の計らいで、台湾大学の学生たちと歌会を開催することになった。
第一回の歌会は6月10日、台湾大学の学舎内にて開催した。参加者としては、台湾大学の学生2名に加え、東呉大学から1名の参加があった。筆者を含む参加者4名がそれぞれ作った短歌作品10首を持ち寄ってお互いに評する形式とした。学生の3名は短歌を作るのはほぼ初めてとのことだった。台湾の学生たちの日本語能力には目を見張るものがある。極めて流暢である。
三日月を見てし日思へば十一夜ながむるうちに思ひ深むる 陳俐辰
ジュレのよう澄みし海辺に身をゆだね青き椅子ごと溶ける昼下がり 王子云
仮面ぬぎ素顔を見せて嘘まとい月の光に踊り続ける 張兆昀
飛魚がいく尾か飛んでゐたらしい眠りに就いてゐる間にも 服部崇
陳さんの作品は、古語を駆使した古典和歌の色彩の強いであった。古今和歌集にある和歌を読んでいるような味わいがあった。王さんの作品は、旅行先のフランスでの様々な出来事に取材した一連となっていた。張さんの作品は、青春を謳歌するなかから紡がれた幻想的な趣のある作品となっていた。服部は、台湾の離島である蘭嶼への旅に取材した作品を提出した。歌会では、短歌における文語と口語、改行・一字空けなど表記の問題についても話し合った。
第二回の歌会は7月7日に同じく台湾大学の学舎内にて開催した。第一回の歌会に参加した台湾大学の学生2名が参加した。筆者を含む参加者3名がそれぞれ作った短歌作品10首を持ち寄ってお互いにお互いの短歌について批評し合った。台湾大学の学生は両名ともに第一回に作った短歌とは趣の異なる短歌を作ってきた。
うさぎなる島に来たりしもふもふなうさぎたいぐんぴょんぴょん来たる 陳俐辰
やさしさに慣れた手さきが噛まれいて旅行の終わり苦い傷跡 王子云
台北の夜の散歩を長引かす蜚蠊はもう詠まぬと決めて 服部崇
陳さんの作品は、岡山ほか日本の各地を旅行した際の出来事に取材した作品であった。前回の作品とは異なり、今回は主に口語を駆使した作品を作っている。王さんの作品も日本を旅行した際の作品である。一連のなかでは鎌倉や江ノ島などの地名が登場していた。服部は、七月の台北を詠んだ雑詠を提出した。歌会では、短歌における文語と口語、具体と抽象、連作の作り方などについて話し合った。
日本の各地の大学では学生短歌会が盛んであるが、台湾の各地の大学で同様の取り組みがなされているかどうかは承知していない。今般、6月、7月と二回にわたり台湾大学の学生たちと歌会を行った。今後は、台湾大学の学生たちの間でさらに短歌への関心が高まり、短歌の輪が広がり、「台大短歌会」として発展していくことを期待している。また、台湾の他の大学でも同様な取り組みが行われることを期待している。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典