闇天に返して果てしお山焼 池末朱実【季語=お山焼(冬)】

闇天に返して果てしお山焼

池末朱実

掲句の「お山焼」は、「奈良の山焼」(お山焼/三笠の山焼)という、奈良市の若草山で行われる祭礼の季語で、今年は、2026年1月24日(土)に開催されるそうです。
https://www3.pref.nara.jp/yamayaki/

春の季語「山焼」とは別になります。

山焼といえば、暮れた空に現れる炎の赤色が思い浮かびますが、この句で見つめられているのは、炎そのものではありません。作者の視線は、夜空の闇に向けられています。

山が焼かれ、夜は一時、炎の明かりに満たされたのでしょう。
けれどもその明かりは、いつまでも留まるものではありません。
「闇天に返して」という言葉が示すように、炎の明るさは、やがて空へと返されていきました。もともと夜に属していた闇が、元の場所へ戻っていく過程を静かに捉えています。

ここでは、明かりは借りもののように扱われています。
人の営みによって生まれた炎。その役目を終えれば、夜に返される。
山焼は終わり、「果てし」とあるように、闇だけが尽きることなく残る。
終わるものと、終わらないもの。その対比が、簡潔な言葉の中に含まれています。

この句は、人の手による明かりが去った後の、夜が本来の姿を取り戻す、その静かな回復の瞬間を伝えています。
闇が戻ってくることに、安堵にも似た落ち着きが感じられました。
人の営みの明かりは一時のものであり、闇は再び、果てしない夜としてそこに在り続けます。

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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