車座にひとり見知らぬ花衣 土肥あき子【季語=花衣(春)】

車座にひとり見知らぬ花衣

土肥あき子

 「花見」は広辞苑では‘花(おもに桜)を見てあそびたのしむこと’とある。日本国語大辞典ではこの要素に更に‘花の下で宴をはり、遊興すること’と続く。また、日本大百科全書(ニッポニカ)によると‘もとは個人の趣味や風流の行事ではなく、農事の開始に先だつ物忌みのため、屋外に臨時のかまどを設けて飲食する行事であった’とある。日本人には花見に必死になるDNAが念入りに伝承されている。
 この辞書・事典的な意味での行楽的な花見にはしばらく参加していない。特に俳句を作るようになってから。桜の句を詠むことが最優先なので、宴会を開いている場合ではないのだ。
 歳時記(「日本の歳時記」)で「花見」をひくと‘桜の花を愛でること’という記述がトップにあり、宴会については4センテンスめに登場する。愛でることが最優先なのだ。桜は多少足を延ばしても見にいき、視界に入れば見にいき、通りすがりに見かけたら必ず足をとめる。そんなことを続けていたらいつの間にか辞書的な意味での花見を忘れてしまっていた。あまりにも長い間やっていないので、今「花見」をしたらかえって新鮮な感動があるかもしれない。

車座にひとり見知らぬ花衣

 大き目のビニールシートで車座になって花見をしている。ゆるやかなつながりの面々で、「あの人の名前何だっけ?」とこっそり聞いたりすることも。だいたいの人は知っているつもりだったが、この人は初顔だ。この花衣の佳人は見たら忘れない華やかな面差し。なぜここにいるのだろう?挨拶しなくても良いのだろうか。早く紹介してくれればいいのに。
 知らない一人がいる違和感は決して心地の良いものではないが、それが花衣の人であればどことなく現実感がなく、想像も華やいだ方向に膨らんでいく。
 そんな状況なら落ち着いて花見などできそうにないが、そもそも花見は恵まれた状況でできる時ばかりではない。座を盛り上げるために話題を探したり、飲み物を買い足しに走ったり、急な指名で挨拶する羽目になったり。あるいは昔の傷がうずき、桜を見てもその美しさがかえって悲しみを呼ぶこともあるだろう。
 花衣の浮き具合を考えると、その人は天女なのではないかという気さえしてくる。お開きになったら天へと帰っていくという筋書きもこの句ならしっくりくる。車座という俗なシチュエーションと花衣という雅な呼び名がひたっとはまっている。
 句集名は〈夜のぶらんこ都がひとつ足の下〉より。この句も好きでした。
そうそう、火曜日の白井飛露さんの記事は〈遠足のひとりは誰も知らない子 小田島渚〉でした。この違和感、句にしたくなるのですよ!

『夜のぶらんこ』(2008年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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