
ラムネ玉からんと恋の後始末
牧内登志雄
(恋の句会作品集「愛鍵」より)
登志雄さんはダンディという言葉が似合う人である。いつもお洒落な出で立ちで、映画鑑賞とテニスを趣味とされている。若い頃は、東京の高円寺周辺に住んでいたらしく、恋多き青年時代を過ごしたという。職業は写真家と伺ったとき、腑に落ちた気がした。言われてみれば写真家らしい雰囲気がある。そこで、このたびの「愛鍵」では、表紙およびデザインを担当して頂いた。恋の作品集に相応しいドラマチックな表紙となった。そもそも、登志雄さんには「愛の火曜日句会アーカイブ2024年」を作成して頂いており、それが好評だったため「愛鍵」を制作することになったのである。だから登志雄さんは、今回の「愛鍵」の功労者なのである。
登志雄さんは、Facebook俳句大学では「祐」という俳号で投稿されている。Facebookの仲間からは、「祐さん」と呼ばれたり、「牧さん」と呼ばれたりしている。俳句を始められた切っ掛けは、高校時代の交換ノート仲間に誘われて句会に参加したのが最初だったとのこと。故伊藤伊那男氏が経営していた銀漢亭にも足を運んでいたが、俳句よりも飲むことがメインだったようだ。その後、Facebookで俳句大学の存在を知り、投稿するようになったらしい。今から五年ほど前であろうか、私は俳句大学の「1日1句」欄の選評を担当したことがあった。祐(登志雄)さんの郷愁を誘うような句が印象的であった。翌年、荻窪の屋根裏バル鱗kokeraで「愛の火曜日」句会を開催すると、第一回目から参加して下さった。恋の句会では艶っぽい句を詠まれ人気者になったが、実は恋の句は苦手らしい。
降る雪や肩抱く君は人の妻 登志雄
奪ひたる愛奪はるる冬花火 登志雄
「愛鍵」より「花のころ」と題した連作の冒頭二句である。ぞくぞくするような出だしである。小説のような物語設定があって、それに沿って詠まれているのだろう。
おつぱいはシヤボンの匂ひ花のころ 登志雄
曼珠沙華乱るにまかすまくら紙 登志雄
「愛の火曜日」句会では毎回、恋愛に関するテーマがあるのだが、中でも人気のテーマがエロスである。登志雄さんのエロスの句には、古い映画のワンシーンのような美しさ、哀しさがある。乳房ではなく〈おつぱい〉と表現したことにより母性を求める男性の甘えが垣間見える。〈まくら紙〉は枕を覆う紙または枕もとに置く紙のことであるが、古風な言葉である。エロスを詠んでも俗っぽくならないところが見事である。
登志雄さんは、岡田耕治代表の「香天」と辻村麻乃主宰の「篠」に所属している。結社誌には、恋の句ではなく生活句や写生句を発表されている。
麦の秋三線の音のかるくなり 登志雄
初蝉や電柱青く立ちつくす 登志雄
春郊や足裏にしかと地の重み 登志雄
かくれんぼ座敷童子の着膨れて 登志雄
〈麦の秋〉の色合いと三線の音が響き合う一句目。〈初蝉〉の句の電柱の青さは心象風景でもあるのだろう。〈春郊〉の句は〈地の重み〉に土の生命力を感じさせる。四句目は〈かくれんぼ〉に〈座敷童子〉が混じっていて、着膨れているのが微笑ましくも可笑しい。いたずら心のある句である。どの句も単純な写生では終わらない独自の感性が目を惹く。
竹婦人けふは背を抱く夜半の雨 登志雄
鬼ごつごあの子消えたる寒夕焼 登志雄
この二句もまた結社誌発表の句だが、抒情的な句である。〈竹婦人〉を擬人化した艶のある句。〈鬼ごつこ〉をした〈あの子〉は初恋の子であろうか。恋の句は苦手と言いつつも普段から抒情的な句を詠んでおり、実は得意なのではないかと思ってしまう。
恋の句は、恋の経験が豊富だから詠めるわけではない。人の共感を得るためには、知識と表現力、発想力を必要とする。妄想力も必要かもしれない。登志雄さんの文化的なものに対する好奇心や知識の高さが俳句表現を支えているのだ。
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