バラ色に髪切る海で上った雨 金谷サダ子


バラ色に髪切る海で上った雨
金谷サダ子

 一週間はあっという間に過ぎますね。来週のきょうは、もう六月。
 この街の梅雨入りもそう遠くなく、しかしながら、梅雨があける地域も、ありますね☆。.:*・゜法外な暑さは勘弁してほしいものですけれど、でも、夏が来るのは、なんだかたのしみです!そして切ない。
 雨に暑さに、大事ありませんように。

☆。.:*・゜

 梅雨(別名・対湿気期間)がきてしまう前に、いきたいところ、美容院。

 髪を切るというのは、おしゃれとか身だしなみとか、みずからをととのえるためでもありますけれど、時に、もっとよい姿になりたい、気持ちを切り替えたい、かわいくなりたい、格好よくなりたい、あたらしくなりたい、変わりたい……そういう何かしらの祈りや決意がともなうことがあり、一種の儀式的な、おまじないのような意味合いもあるような感じがします(実際、ある時代・ある国では髪を切ることが通過儀礼となっていたり、断髪”式”と言われたりしますね)。

 だとすれば、他者の、そんな祈りや決意が織り込まれた束である髪の毛を、はらはらと華麗に、次から次へと切っていく美容師さんは、さながら魔法使いで、すばらしいと思うのです。

☆。.:*・゜

 さて。掲句は先週に引き続き、金谷サダ子句集『早口家族』(山河発行所・平成四年刊)より。

 バラ色の人生、バラ色の日々……「バラ色」はなんだか満ち満ちていて、華やかな様子のことを指すらしい。ら・ゔぃあんろーず…………!棘があっても、だ。
 自分のことは自分で満たせたら、かなりうれしい。切ってしまいたい髪に、挑戦してみたかった髪型、あこがれていた髪型が完成したら、頭からバラ色につつまれた己が鏡に映っている、はず。

 美容師さんの手によって、花弁が落ちてゆくように、濡れた髪がざくざくと切られているとき、このちいさなセット面から遠くはなれた海にもざくざくと雨が降りそそいでいて、ちくちく海をさしている。なるほど、濡れた髪もちくちくするものですね。
 切られた髪は頭をわかれて、真っ白なケープに、美容院の床に落ちて捨てられるけれど、海めがけて降る雨は、海に還るのね。いいなあ。いいものなのかな。
 
 美容院の重いドアを開けたら空の色がもう変わっていて、切り立ての髪の毛をさわったら、うん、なんかちょっと迷ったけれど、やっぱり来てよかったなーとかなって、お礼を言って帰る。わたしはこの重いドアを開けたり開けていただいたりして、外に出るとき、いつも、雨が降っていなくても、雨上がりのあとの空の下に出るような、なんだかはればれとした気持ちになるものですが、その正体をこの句がおしえてくれました。何処かの海で雨が上がった知らせ、だったのですね☆。.:*・゜

 しかし。しみじみよい句だなあ……とみつめていたら、この句のなかの誰かは、もしかしたら海で(あるいは海に近い場所で)、自分でこころを決めながら、自分の髪を切ったのかもしれない、とも思えてきたのでした。そういう、凛とした意思の強さをこの句より、勝手ながら受けとりたいと思えてきたのでした。
 切っているのは髪の毛だけれど、この髪と結ってきた日々の嫌なもの、くるしかったことすべてを一緒に断ち切って、髪を切り終わった瞬間から、絶対に、よくなりたい。ううん、「自分で」よくするのだ、という祈りを込めて、念を込めて、ざくざく切る。そのためには、こころで切らなくては。決して染毛剤では染め得ない、誰も知らない自分だけのバラ色に切らなくては。
 そんなふうに一心不乱に、しかし繊細に髪を切ったら、さっきまで海を突きさしていた雨があがった!うん、きっとこれはよい兆しだ。
 
☆。.:*・゜

 あたらしい髪型もあたらしい洋服も、あたらしい日々も、しんじるこころだーーといつも思うのです。似合わないかも、ヘンかも、だめかも、と一度自分で自分にかけてしまうと、くずれてしまう。だから、ほんとうはできるだけ信じたい。
 美容院から出てきた人が、黒髪でも、金髪でも、どんな色でも華麗にみえるのは、しんじるこころを離さないでいて、まさに薔薇のように気高いから。
 美容院だらけの表参道でそんな人をみかけたときは、きっとここから遠くの海の雨が上がっている。

☆。.:*・゜

 悔…………。わたしの言葉ではこの句のすばらしさは言い尽くせず、記し尽くせないなあと思うばかりですが、今度美容院や理髪店に行かれるときには、また自分の手で髪を切るときには、ぜひこちらの句を思い出して、誦じてみてくださいませ。

 この句に宿っているあざやかさや、うつくしく、ゆるぎない決意のちからを借りて、ああ、なんだか、この切りたての髪の自分で、自分の日々をよいほうへ、あかるいほうへ持ってゆける気がする。そんな気持ちで、どうか堂々と次の季節へ☆。.:*・゜

おおにしなお


【執筆者プロフィール】
おおにしなお
平成十年、東京都生まれ。俳句をかきます。



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