映写口の塵きらきらと梅雨に入る 津川絵理子【季語=梅雨に入る(夏)】

2026年6月から【木曜日】は2か月交代で〈大学俳句会〉のみなさんにご執筆いただくことになりました。トップバッターは愛媛大学(愛媛県・松山市)の「愛媛大学俳句研究会」です。4回目は、江村結子さん。


映写口の塵きらきらと梅雨に入る
津川絵理子


江村結子(愛媛大学俳句研究会)


 世界には、普段どおりに生きていると目に見えないものがたくさんある。空気中に漂う小さな埃や細かい屑は、塵と名付けられていつも静かに私たちの周りに存在する。しかしそこに光が当たると、途端に姿を現してきらきらと宙を舞い始める。そこには塵という言葉のイメージとは対照的な美しさがあり、どこか幻想的にすら感じられるのだから不思議だ。
 見えないものに光を当てると見えるようになる、光を当てることで見えるようにする、という行為は、俳句を作ることと似ていると思う。

映写口の塵きらきらと梅雨に入る

 映画を見るために映画館に行き、スクリーンとは真反対にある映写口に気を留めることはそうないだろう。
 私は幼いころ、一番後ろの席で映画を見たときに初めて映写口の存在に気づき、「あれなあに」と母に尋ねたことがある。しかしそれ以来、映写口をまじまじと見ることはなかったと思う。そもそも私はこの句を読んで、あの窓に映写口という名前がついていることを初めて知った。そのくらいには映写口の存在を意識していなかった。
 しかし一度この句を読んだ瞬間に、私の頭の中には映画館の最後部でひっそりと光を放つ、巨大なスクリーンに映像を映しているとは思えないほどに小さな映写口と、その光に照らされてきらきらと輝く塵たちが静かに浮かび上がった。それと同時に、塵があることによって映写口からスクリーンへ向かう光の筋道までもが見えてくる。それがスクリーンに映る物語の源流であることがなんとも魅力的だ。そこには、見えなかったもの同士が静かにお互いの存在を浮かび上がらせる小さな空間が生まれる。
 退屈だったのだろうか、物語の途中でふと思い立ち、一度物語とそれに没頭する集団から意識を逸らしてその物語が生まれてくる光の始発点に目を向けると、そこには小さなきらめきたちが静かに梅雨入りを告げている。
 映画館の外は雨なのだろう。今日は雨だから映画館に来たのだろうか、はたまた雨宿りついでに映画を観ているのだろうか。どちらにせよなんて静かで素敵な梅雨入りなのだろう。きらきらと、雨粒さえも輝いているように思える。

巫女それぞれ少女に戻る夏の月

 この句の中で月光が照らしているものは、巫女が一人の少女に戻る瞬間である。祭りの最中では巫女と呼ばれていた彼女たちが、祭りが終わり静けさが戻りつつある夜に巫女装束から着替えてその日の役目を終える。夏の月の光の下で、彼女たちはそれぞれ名前のある一人の少女として家路につくのだろう。そこには少女たちの一晩の疲労と静かな解放感が漂っている。
 少女たちは、巫女をすることに対してどのような感情を抱いているのだろう。自ら望んで巫女になったのだろうか。中には、嫌々巫女をしている者がいるのかもしれない。この句を読んでいると、きっと巫女である彼女たちを前にしたときには意識しないであろう少女それぞれの表情や内面に目を向けたくなってしまう。そこにはラベルや属性で人を見がちな社会に対する静かな抵抗も感じられる。しかしこの句の最大の魅力は、巫女という役割の向こうにいる一人ひとりの少女を見つめさせる眼差しにある。

 これらの句が収録された『夜の水平線』(ふらんす堂、2020年)という句集のあとがきには、「日々の暮しのなか、ささやかだけれど心に留めておきたいものがあります」と書かれている。
 夜の水平線は目に見えない。目に見えないけれど確かにそこに存在していて、言葉にされることによって私たちの世界には夜の水平線が浮かび上がって見えるようになる。この句集にはそんな句が集まっていて、今回取り上げたもの以外にも素敵な句がたくさんあった。
 見えないものに光を当てるという行為は俳句を作ることと似ていると思う。それと同時に、誰かの俳句を読むことで、見えていなかった世界に光が当たるということがある。ふと句集を開いてそんな句に出会うと、途端に何気ない日常が、憂鬱に思えるような梅雨入りすらも、輝き出して見えることがある。今まで俳句に触れたことがある人ならば、このような経験をしたことがある人は少なくないのではないか。
 松山では、ここ最近洗濯物が乾かない日が続いている。しかしこの句集を読んでいると、そんな日々にも小さなきらめきが潜んでいるように思えてくる。
 これを読む皆さんが、素敵な梅雨を迎えられますように。

参考文献
津川絵理子『夜の水平線』(ふらんす堂、2020年)

(江村結子)


【サークルプロフィール】
愛媛大学俳句研究会
俳都・松山を拠点に活動中。現在、会員19名。主な活動は週1回の句会に加え、ときどきの連作句会・吟行・読書会など。下部組織に「深夜散歩部」「フリスビー部」「凧揚げ部」などがある。BOOTH(https://booth.pm/ja/items/7629894)にて機関誌『蜜柑』を絶賛発売中なので、よろしくお願いします。


【執筆者プロフィール】
江村結子(えむら・ゆうこ)
愛媛大学俳句研究会所属、noi誌友
よろしくお願いします。


関連記事