永日のきみが電車で泣くからきみが 小川楓子【季語=永日(春)】

2026年6月から【木曜日】は2か月交代で〈大学俳句会〉のみなさんにご執筆いただくことになりました。トップバッターは愛媛大学(愛媛県・松山市)の「愛媛大学俳句研究会」8回目は1回生の草句文太さん、です。


永日のきみが電車で泣くからきみが
小川楓子


草句文太(愛媛大学俳句研究会)


「電車」というファクターの魅力は、その不安定さと有限性にある。

電車は、「間」の存在だ。あくまで空間や舞台の話として考えればの話だが、交通機関である電車はあくまで目的地への通路でしかない。しかし、僕たちはその通路にこそ物語を見出す。

話は逸れるが、近年のインターネット上ではリミナルスペースと呼ばれる空間の写真が流行している。これらの流行は人のいないホテルの廊下や学校の教室を取り扱う。それらの不気味さやノスタルジアに着目する側面があるが、いずれも日常的な空間の持つ非日常性に価値が見いだされている。

リミナルスペースに関してここで最も注目したい特徴は、その源流が物理的か精神的であるかを問わず“移行”の場であるということだ。時間や空間を接続する、あくまで通過点に過ぎないものへの感傷。それはすなわち“移行”し続ける僕たちが必然的に欲するものかもしれない。不安定な現在に生きるからこそ、不安定な風景に惹かれてしまう。

電車という舞台は、目的地への移動という“移行”の手段である。時間的・空間的な前後の広がりが必ず想像させられ、物語的な深まりが増す。“その前”と“その後”が存在する舞台である電車は、ふわふわとして着地しない、永遠ではない場所なのだ。

永日のきみが電車で泣くからきみが

電車の中という空間を切り取っても、流れていく時間という要素は切り離せない。泣いている一瞬ではなく、泣いている時間の流れが描かれているのだ。

「永日」は昼が長い春の日のこと。「永」の音が電車の中に流れる時間を引き延ばす。「きみが」の繰り返しも効果的だ。純粋に「きみ」の存在を意識されるだけでなく、一定間隔のリズムを持つ構造の電車がリズミカルな音を立てて走るようすが目に浮かぶ。

ここでひとつ問題になるのは、あくまでそこにあるのは「永日のきみ」であって「永日の電車」ではないということだ。永日というのは季節の情景であると同時に、「きみ」がどのような人なのかを読み手に覗かせる言葉でもある。それだけではなく、「泣くから」によって、むしろ主体のほうが泣きだしそうな響きすらある。

永日のようなきみが、日差しのよく当たる車内で泣いている。なんだかそれだけで切なさを覚えてしまうが、やはり「永日」の持つ力は大きい。動きのはじまりとおわりがある電車という要素を、時間という方向性で引き延ばしている。しかし、どれほど延ばそうとも終わりがあるからこその“移行”であり“通路”だ。その名残惜しさも含めて、時間を切り取ることのできる俳句の美しさを感じる。

(草句文太)


【サークルプロフィール】
愛媛大学俳句研究会
俳都・松山を拠点に活動中。現在、会員19名。主な活動は週1回の句会に加え、ときどきの連作句会・吟行・読書会など。下部組織に「深夜散歩部」「フリスビー部」「凧揚げ部」などがある。BOOTH(https://booth.pm/ja/items/7629894)にて機関誌『蜜柑』を絶賛発売中なので、よろしくお願いします。


【執筆者プロフィール】
草句文太(そうく・ぶんた)
愛媛県生まれ。2026年より俳句を始める。なんでもない道の写真を撮るのが好き。


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