赤き茸礼讃しては蹴る女 八木三日女【季語=茸(秋)】


赤き茸礼讃しては蹴る女

八木三日女
(『紅茸』)


赤い茸は毒があるので触れてはいけないと教えられて育ったが、絵本に描かれる茸の多くはベニテングダケである。幼い頃読んだ「白雪姫」では、辿り着いた小人の家の屋根がベニテングダケの傘を模した絵であった。また、「不思議の国のアリス」でアリスが食べてしまう茸もベニテングダケの絵であった。食べたことで首が伸びてしまうのだが…。他、森に迷う少女の足元に生えているのは大抵、赤い茸なのである。赤い茸とは、不思議の国、いわば異界へ迷い込んだことを表すメルヘンの世界の茸なのである。現実世界では、決して食べてはいけないことを絵本は教えてくれているのだ。

だが、赤い茸ほど魅力的なものはない。男に喩えるなら危険でちょっと孤独なアイツ。ブナシメジのような束にならないと何もできないようなつまらない奴等とは違う。茸の王様である松茸みたいな、すまし顔の超エリートとも違う。椎茸のように古木に根を据えて一族でしがみついている奴もまた面倒。土に埋まっている内気な松露やトリュフは、掘り出してやらないといけない世話のかかる奴。エリンギにいたっては、日本には自生していない栽培種のお坊ちゃまだ。食に適した茸という奴は、全く個性もなく地味な色をしている。同じようなスーツを着て肩書きだけで生きている奴等に過ぎないのだ。エレベーターのボタンを女性に押させてもお礼も言えないような小心者の茸達なのである。食べられるというだけで、なにがそんなに偉いのか。

そんな食べられる茸の中でも舞茸は、好感が持てる。舞茸には、硬い肉を柔らかくする成分があり、少し癖のある香りも歯ごたえも素晴らしい。色は地味だが傘のひらひらもお洒落だ。値段もお手頃。舞茸様はきっと、エレベーターのボタンを押している私に「ありがとう」と言ってくれた某建設会社の紳士達に違いない。

個人的な日常の愚痴はともかく、赤い茸は、美しい。毒があるのもまた刺激的だ。赤いスーツを着込んで、「俺に触ると火傷するぜ」といった孤高さがそそられてしまう。採集して家で栽培してみたいほどである。

ちなみに、長野県では、ベニテングダケを1ヶ月ほど塩漬けにし、毒抜きをして食べるという。大変美味とのこと。いつか試してみようと思っているが、夫に反対されている。毒を抜いた方が良いのは、夫の方なのだが…。

  赤き茸礼讃しては蹴る女  八木三日女  

茸は生えたばかりは、丸い傘の形状をしている。やがて胞子を放出するために平らになり、放出した後は反り返る。どの姿も美しいが、絵本の茸のように少しつぼまった、平らになる直前ぐらいが色合いも見頃であろう。そんな完璧な美を持った赤い茸を礼讃しているのが当該句。だが、毒の種となる胞子を放出されるのは困る。近所の公園では、毒茸を子供が採らないよう管理人が蹴って倒している。子供ながらに、毒のある茸には惹かれるのであろう。確かに、毒のある男は魅力的だ。だからこそ、毒に染まる前に蹴倒す。触れたい採りたいという衝動を抑えつつ、思いっ切り蹴り上げる。その瞬間、赤い茸は、自分の支配下となるのだ。美しきものを足蹴にする時ほど心を満たす快楽はない。それは、男の毒を知り尽くした女だからこそできること。平凡な幸せを望むのならば、少し地味で小心者でも毒のない男を選びましょう。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔10〕天女より人女がよけれ吾亦紅     森澄雄
>>〔9〕誰かまた銀河に溺るる一悲鳴   河原枇杷男
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