未草ひらく跫音淡々と 飯島晴子【季語=未草(夏)】


未草ひらく跫音淡々と)

飯島晴子

 真昼間の静けさの中にひらく未草、そしてその近くを通る跫音。それらはほぼ同じ高さで、地面、水面を介してゆるく繋がっている。「淡々と」からは、草を踏んでゆく音の実際の淡さと、未草に関心もなく過ぎてゆく様とが感じられる。そして、この一句には、人間の目や耳の高さから描かれた雰囲気がない。未草や跫音の低さぎりぎりまで目と耳を近づけ、それらの微かなうごきを鋭敏に感じ取っている感じがする。そして「未草ひらく」という連続した一つの過程と、「跫音」という断続的なものとの対比が出てきて、奇妙な時間感覚を呼び起こす。未草がひらききり、跫音が聞こえなくなって再び、いつもの時間が流れ出すのである。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】

>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子
>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


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