毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
【第40回】
佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
服部崇(歌人)
佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会が2025年9月20日(土)、キャンパスプラザ京都にて開催された。ファシリテーターが尾崎まゆみ(玲瓏)、パネリストが門脇篤史(未来)、笹川諒(短歌人)、菅原百合絵(心の花)の三名。批評会実行委員を福永昭子(心の花)が務めた。以下、引用歌はすべて歌集から。
門脇篤史は歌集の特徴として「〈いま〉、〈ここ〉を捉えようとする意思」「特徴的な助動詞の選択」「言葉への偏愛・禁欲的な表現の中の過剰さ」「特異点としての父と妻」を挙げた。門脇は集中に「き」が少なく、「けり」が多用されていることなどを指摘した。
唇と目を曜やかせ口紅を夜ごとに妻が竝べ撮りけり
回答は保留しますと言ひながら撤回なせそと念を押されつ
笹川諒は「楽器の歌 リアリティがある」「色に対する感覚 世界を〈赤と黒〉で把握する」との認識を示した。次の一首は野球場で吹奏楽部が応援しているシーン。ものを見ている感が強い。この一首は白だが、集中の歌の多くでは、赤と黒が多く用いられている。
フアールボール遠く伸びゆく。フルートに白きボールが映りて、消えぬ
藤棚の下を旋回する蜂の航跡くろく春を切り抜く
菅原百合絵は「ダンディズム 男の世界/女の世界」「二つの世界の融合としての結婚」「職業詠・硬質な写生」「ユーモア・人間への眼差し」を歌集に関するトピックとして指摘した。
ラーメンの熱き器を抱き喰ふ男の厚き背中が竝ぶ
わかくさの妻の小せまき肩幅を丸ごと抱き、ただいまと言ふ
尾崎まゆみは、五感で捉えた写生風の描写に特徴を見るとともに、旧仮名遣いや正字、古典との関わりなど多くを指摘していた。また、尾崎は何をリアリティとするかという問題に関心を寄せていた。次の一首にある「底荷」から上田三四二(『短歌一生』)の「短歌や俳句は日本語の底荷」に話は及んだ。
冷蔵庫の底荷のごとく眠りゐる一昨年買ひし茘枝罐詰
病室と夜を隔つる窗を這ふ滴の跡を浸し來る雨
パネリストたちの歌集の読みや会場からのコメント(東京から駆け付けた矢部雅之(心の花)を含む)からは様々なことに気づかされた。佐藤にとって正字は日常や写生を表すための普段使いのものとしてあり、塚本邦雄や水原紫苑が日常から逸脱したものを差し出すため特別な技法として見せてくれていることとは異なるとの指摘が興味深かった。佐藤が幸綱の男歌の系譜を継承するという指摘も興味深かった。
なお、歌集のタイトルを含め集中の漢字としては正字が主に採用されている。この文章では再現できていないことを申し添えておきたい(本文、敬称略)。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典