本当にこの雨の中を行かなくてはだめか パスカ

本当にこの雨の中を行かなくてはだめか

パスカ


今日の句はパスカの自由律俳句集「集金が来ない」から引いた。

大阪に葉ね文庫というすてきな本屋さんがあり、句集「集金が来ない」はそこで購入した。定価で500円だった。こんなに安くていいのか。句集、2000円くらいすることが多いのに…。この本は数年前に買ったが繰り返し楽しめており、あんなに低価格で買ってよかったのか時々罪悪感にかられる。

この句たちには季感や韻律が乏しく、果たして本当に俳句なのか?と疑問を持たれる方ももしかするといらっしゃるかもしれない。まず、自分は作者が俳句って言ったら俳句!というスタンスでやっている。そしてさらに、後述するがこの句集は読むほどに俳句だな…と思う。

俳人たちはこの句集のことをあまり知らないんじゃないだろうか。自分の作るものと方向性が異なっても、人生をすこし豊かにすると思って読んでみてほしい。

それでは以下、自分の感想をカッコでお送りしています。

直線距離を教えられても
(そう、そうやねんなー、いくら直線距離は短くても実際歩く距離とはまた違うんですよ)

いい人そうだが名札が傾いている
(うわ、信頼できなさそう…。名札が傾いていることがこの人の性格のすべてを表していそう!)

本当にこの雨の中を行かなくてはだめか
(めちゃくちゃ、めちゃくちゃ行きたくなさそうだこの人…。でももう半分以上あきらめちゃってる。アクセント、だめか?↑じゃなくてだめか…↓になってる)

知らない武将の弟の話をされている
(知らん人すぎて共感0のまま聞くやつ…歴史好きな人にとってはその武将お友達のテンションなんだろうけどほかの人にはそうじゃないんだ…)

他人の犬にも好かれようとしている
(他人にも、他人の犬にも好かれようとしている。見知らぬ通りすがりの人なのに。でもこういうことってある、ついやりたくもないのに寄ってきた犬の機嫌を取っちゃうことが…)

一句単位でどうこうというよりは、読んで一拍置いたあとに「…ッ」という小さな笑いがこみ上げ、それがだんだん堆積していく感じ。あるあるネタであり、ときに淋しさや哀愁、脱力感がある。関西人は、おそらく小さくツッコミを入れながら読みたくなると思う。ふつうの俳句と出力方法はだいぶ違うが、日常の些事をそのままの姿で、しかしいい角度で拾い上げていちいちおもしろいという、このスタンスはかなり俳句的だと思うのだ。

俳句っていろんな山があると思っていて、隣の人の登ってる山と自分の登ってる山はぜんぜん違う(*この喩えは最初俳人の岡田一実さんに教えていただいたと思います。自分の中では大変しっくりくる喩えなのでそのまま使わせてもらっております)。かといってみんな違ってみんな良いみたいな話ではなく、それぞれの達成がいまどのあたりまで来ているかはできれば正しく見積もられてほしい(願望だが、俳句界にそこを見積もれるすごい人がいてほしい)。

自分の理想(=山の頂上から見えるであろう景色)を他人におしつけがちだが、前提が違うこともある。そもそも頂上まで登りたくない人だっているだろう。 

句集を読むのは、いま作者が見ている山登りの途中の景色を見せてもらうのと似ている。山登りは最後まで行けずに途中で途切れるかもしれないし、山頂まで行けるかもしれない。上よりも途中の景色も好きな場所があったり、他人の山の景色が気に入ったりもするかも。そういうのもゆたかだ。

佐々木紺


【執筆者プロフィール】
佐々木紺(ささき・こん)
1984年生、「豆の木」同人。2022年、第13回北斗賞受賞。2023年、「雪はまぼろし」20句で豆の木賞受賞。2024年、句集「平面と立体」刊行、島根「書架 青と緑」で展示「夜の速度」(山口斯×佐々木紺)。俳句一句の入った小箱「haiku souvenir」(紙屋)発売中。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2025年4月のハイクノミカタ】
〔4月1日〕竹秋の恐竜柄のシャツの母 彌榮浩樹
〔4月2日〕知り合うて別れてゆける春の山 藤原暢子
〔4月3日〕ものの芽や年譜に死後のこと少し 津川絵理子
〔4月4日〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔4月5日〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
〔4月6日〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修

【2025年3月のハイクノミカタ】
〔3月1日〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
〔3月2日〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
〔3月3日〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
〔3月4日〕あはゆきやほほゑめばすぐ野の兎 冬野虹
〔3月5日〕望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
〔3月6日〕万の春瞬きもせず土偶 マブソン青眼
〔3月8日〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
〔3月9日〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
〔3月10日〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
〔3月11日〕落花無残にみやこは遠き花嵐 秦夕美/藤原月彦
〔3月12日〕春嵐たてがみとなる筑波山 木村小夜子
〔3月14日〕のどかにも風力7の岬です 藤田哲史
〔3月15日〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
〔3月17日〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
〔3月18日〕春深く剖かるるさえアラベスク 九堂夜想
〔3月19日〕寄り合つて散らばり合つて春の雲 黛執
〔3月20日〕Arab and Jew /walk past each other:/blind alleyway Rick Black
〔3月22日〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
〔3月23日〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
〔3月24日〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
〔3月25日〕蚕のねむりいまうつしよで呼ぶ名前 大西菜生
〔3月26日〕宙吊りの東京の空春の暮  AI一茶くん
〔3月27日〕さよなら/私は/十貫目に痩せて/さよなら 高柳重信
〔3月31日〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃


【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月27日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
〔2月28日〕津や浦や原子爐古び春古ぶ 高橋睦郎

関連記事