山頂に流星触れたのだろうか
清家由香里
イエスかノーかで答えられる質問は話がすぐ終るので注意という会話ノウハウがあるが、質問によっては結論が出ないことを楽しめる場合もある。「こういう場合はイエスなんだけどなあ」という話は結構盛り上がる。答えを出した後もその理由を語る楽しみがある。WhatやHowの質問に答えるよりも、イエスかノーかに迷って時間を費やす方がもやもやは少ない。
オフコースの「Yes-No」ではサビの「君を抱いていいの 好きになってもいいの」をはじめ疑問形がいくつも出てくるが、そのうち相手に実際に質問しているものは事実上無いのではないだろうか。思わせぶりな女の子と純情な男の子の微妙な関係と考えると面白い。「明日会えるね」は二人で会うことを約束している表現ではないばかりか、また絶対に会いたい、会うんだという意志も感じられない。いいかどうか、その答えが聞きたいわけではなく、心の中の連呼を歌に託しているのだ。ノーと言われたら泥のように落ち込むが、イエスと言われてももてあますはずだ。答えを出さないからこそ詩がある。
イエス・ノーをテーマにした曲は他に嵐の「Yes?No?」がある。これは「夢を急げ」とあるのでどちらかといえばYesに導く内容である。サカナクションの「YES NO」はわかりにくい世界だがイエス・ノーで答えられないことにイエス・ノーで答える乾き加減を歌っているのではないだろうか。いくら話してもわかりあえていない関係が読み取れる。
山頂に流星触れたのだろうか
清家由香里
この作者も流星が触れたかどうかを知りたいわけではない。言ってしまえば、ノーであることはわかっている。それでも疑問を提示し、流星の道筋に思いを馳せるその時間、その思考に詩があるのだ。
山頂という熟語は少々固い表現だが、「頂(いただき)」や「峠」などとしてしまうと山の頂や峠の存在感がかえって増してしまい、なおかつ作者の立ち位置が山に近くなり流星と山頂との位置関係を目撃するには矛盾が生じる。[s]と[tʃ](=ch)の響きもさらっとしており、全体の流れの中で絶妙にバランスのとれた選択だ。
口語の疑問形で終っている点にも実感がある。山頂に流星が触れるというのは実際にはほぼ起こりえないことなのだが、口語の疑問形で終らせていることによって作者が思わずこぼしたような臨場感があり、「触れたのかも?」と思わせるような効果を発揮している。
掲句は第10回俳句甲子園の最優秀句。その後の作者の消息は聞かないが、俳句と共に過ごした時間を幸せに思っていてくれれば幸いである。
第10回俳句甲子園 最優秀句。愛知県立幸田高等学校。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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