春嵐たてがみとなる筑波山
木村小夜子
札幌で生まれ育ち、18歳で茨城にやってきた私は、当然、季節の違いに直面した。夏のうだるような蒸し暑さはもちろん、とにかく冬が大きく異なる。常緑樹が多く、雪の降らない冬を、私は冬だと認識できなかった。茨城で過ごした初めての冬を、私は「晩秋がずっと続くうちに梅が咲いた」と感じた。冬が違えば、春の訪れも異なる。札幌では、ゴールデンウイークごろに梅と桜が一斉に咲く。そのため、梅と桜の違いなど気にしたことがなかったが、茨城では二月に梅が、四月初頭に桜が咲く。本州では、こんなお手本みたいな季節の移ろいが見られるのだと驚いた。やはり「本州」(ここではあえてこの語を明確に定義せず、批判的に検討もせず、北海道民が日常的に使う感覚で用いる)の季節が歳時記の中の正統なのだと実感した。四月、桜の咲く中で入学式を行うなんて、フィクションの世界だと思っていた。
冬から春に移り変わるころ、茨城では毎日のように強風が吹く。茨城全体がそうなのではなく、県南・県西地域だけかもしれないが、とにかく私の生活圏では、吹き飛ばされそうなほどの風が吹く。筑波山のある北の方から吹いてくることから、「筑波颪」とも言うこの風は、冷たく身体を突き刺し、屋外にある物という物を吹き飛ばしてゆくが、春の訪れを感じさせるものでもある。
春嵐たてがみとなる筑波山 木村小夜子 2019年12月『ポプラ』第36号
小夜子先生は、私が茨城でお世話になっている方だ。つくばに引っ越すやいなや、私はつくば周辺の句会を探した。そこで小夜子先生が主宰を務める「ポプラ俳句会」を知り、電話連絡をすることになる。2020年、コロナ禍真っただ中のころだ。それから、大学に通う4年の間、ほぼ毎月、つくばの隣、土浦でポプラの句会に参加した。参加人数が減り、私の大学卒業のタイミングで土浦での句会は閉じてしまったが、たいへん思い出深く、私の大学時代の俳句生活を支えてくれた存在だ。つくばや土浦は、筑波山を北方向に望み、稲や蓮根の水田が広がる地域だ。また、つくばや土浦から望む筑波山は、女体山・男体山の両方が連なって見え、まさに「たてがみ」といったところだ。筑波山はどの方角から見ても美しいが、私はつくばや土浦から見る筑波山が大好きである。関東平野の北の端に位置する街にあって、筑波山の存在感は大きい。つくば・土浦に暮らす感覚が見事に詩になっている一句だと思う。
直筆の聲となりたる春の雪 木村小夜子 2020年9月『ポプラ』第37号
「春の雪」の印象も、札幌と茨城では異なる。雪解けのころの札幌は、汚い。札幌のような都市部では、冬の間に雪に閉じ込められていたゴミや、滑り止めの砂、靴やタイヤからついた泥が一斉に顔を出すのが雪解けの時期だ。そんな春に降る雪は、やはりきれいな感じはあまりしないし、早く雪割りを終えて春を迎えたいという気持ちが強い。一方茨城では、春の雪は美しい。雨の少ない冬を終えて、干からびた茨城に降る雪は、白くて、美しかった。雪が降れば故郷札幌を思い出すかと思ったが、そうではなく、茨城にしか見せない「春の雪」の顔を見ることができた。私にとって春の雪は、これが茨城だ、茨城の季節の美しさだと伝えてくれる「直筆の聲」であった。
4年間、土浦でポプラの句会に参加する中で、私は茨城における季感を身につけ、札幌との違いを飲み込むことができた。小夜子先生にはほんとうにたくさんのことを教わり、俳句も、人間性も成長することができたと思う。私はたぶん、これから先それなりの期間を茨城で過ごすだろう。小夜子先生に教わったこと、ポプラで学んだことは、私の糧となって支えてくれるものと信じている。
(島崎寛永)
【執筆者プロフィール】
島崎寛永(しまざき・ひろなが)
2002(平成14)年、北海道札幌市に生まれる。2017(平成29)年、俳句を始める。2019(令和元)年、雪華に入会。2020(令和2)年、大学進学のため茨城県へ。ポプラに入会。2025(令和7)年、雪華同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月26日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
【2025年1月の火曜日☆野城知里のバックナンバー】
>>〔1〕マルシェに売る鹿の腿肉罠猟師 田中槐
>>〔2〕凩のいづこガラスの割るる音 梶井基次郎
>>〔3〕小鼓の血にそまり行く寒稽古 武原はん女
>>〔4〕水涸れて腫れるやうなる鳥の足 金光舞
【2025年1月の水曜日☆加藤柊介のバックナンバー】
>>〔5〕降る雪や昭和は虚子となりにけり 高屋窓秋
>>〔6〕朝の氷が夕べの氷老太陽 西東三鬼
>>〔7〕雪で富士か不二にて雪か不尽の雪 上島鬼貫
>>〔8〕冬日宙少女鼓隊に母となる日 石田波郷
>>〔9〕をちこちに夜紙漉とて灯るのみ 阿波野青畝
【2025年1月の木曜日☆木内縉太のバックナンバー】
>>〔5〕達筆の年賀の友の場所知らず 渥美清
>>〔6〕をりをりはこがらしふかき庵かな 日夏耿之介
>>〔7〕たてきりし硝子障子や鮟鱇鍋 小津安二郎
>>〔8〕ふた葉三葉去歳を名残の柳かな 北村透谷
>>〔9〕千駄木に降り積む雪や炭はぜる 車谷長吉